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第22話
翌朝、俺はモーテスにゲンセンの港まで送ってもらった。
村の村長をはじめとする偉い人たちに見送られて村を出る。
空は快晴で、絶好の船旅日和だ。まぶしい太陽の光を浴びて、海も群青色に輝いている。美しい港を見て、俺は目を細めた。
――地中海みたいだ。
もちろん、俺は地中海に行ったことはないのだが、テレビや動画が伝える地中海は、このようだった。
おだやかな海、輝く太陽、そして乾燥した気持ちのいい風。俺は息を吸い込む。
昨夜まで悩んでいたことがばかばかしくなった。
腫れぼったい目をこすって、俺は送ってくれたモーテスに礼を言う。
「ありがとう」
「いえ……わざわざ来ていただいたのに、何のおもてなしもできず……船の乗り方はわかりますか?」
「あ、えと、わかんない、かも」
結局、モーテスにチケットを買ってもらう。
俺の暮らしていた谷はヴァンパイアの砂漠を越え、アナリア平原の真ん中だ。海がないのだ。
俺は悩んで、ダーダリオンの暮らす島の近くにあった人間たちの港を目指すことにした。
ボリスも飛行できるが、空の覇者であるワイバーンでさえひと夜かかった距離だ。彼に頼むのは酷だろう。
あとは野となれ山となれ、である。
「船が出るのは二日後だそうですが」
チケットを片手に戻って来たモーテスが言うと、俺は唸った。
「そっかぁ……」
「行き先が遠いですからね。これでも、待たない方です。村へ一度戻りますか?」
「うーん。いや、この街で待つよ。せっかく来たから、こっちの街もあちこち見て回りたいし。モーテス、何から何までありがとう。助かったよ」
「いえ、私は何も」
俺たちは簡単なあいさつで別れを済ませた。
去っていく彼の背中を見つめて「フィーダーくんと幸せになってくれよな」と願う。それがいま俺が彼にできる精一杯だ。
「さて、宿を探しますか」
切り替えて、俺は宿屋街に向かって歩き出す。
金はダーダリオンがくれた硬貨がまだ残っている。昨日昼ご飯を露店で買った物価の印象だと、二泊分の宿泊代くらいは十分支払えるはずだ。
「ハル」
「え?」
後ろから呼び止められて、振り返る。そこには、モーテスの五人兄弟のうちひとり、ダットが立っていた。
「ダット……さん?」
彼にはいい印象がない。彼はいつも俺を睨みつけていた。しかし、今日の彼は笑顔だ。
彼は鷹揚に片手を上げた。
「ホークアイ夫婦の息子を見て来たらしいじゃねぇか?」
「え? あ、ああ」
「どうだった?」
俺は首を傾げた。なぜダットがこんなことを聞くのだろう。
そして、モーテスが彼の恋心をダットにだけ話していると言っていたのを思い出す。
「幸せになってほしいよね」
俺は当たり障りなくそう答えた。個人的にフィーダーを見て思ったことはたくさんあるが、彼に話せるようなことは何もない。
「そうか」
彼はにっと笑う。そして茶色い耳としっぽを風にそよがせながら、その手に持った櫂を見せた。
「船、出してやるよ。小さい船だけどな」
「え?」
「昨日の夜、あんたの目的地行きの船が出てたんだ。俺たちが漕げば1日で追いつける。チケットがあるなら途中からでも乗せてくれる」
彼が顎で彼方を示す。
その先を視線で追うと、港の一角、日陰になる場所に数人の獣人が立っていた。彼らはみな、広い肩幅と無骨な櫂を持っていた。
突然の願ってもない申し出である。しかし、ダットにそこまでしてもらう理由がない。
俺は首を振った。
「……そんな、悪いよ。急ぐ旅でもないし」
「精霊の息子をほっぽって、村の近くで怪我でもされた日には、俺たち一族がワイバーンに焼き殺されちまう」
そう言われると、そうかもしれない。
ダットとしては、俺にさっさと村から離れてほしいのだろう。
俺はしぶしぶ頷く。
「……じゃあ頼もうかな……」
ダットは白い歯を見せて笑うと、俺の肩を叩いた。彼は上機嫌だ。怖いくらいに。
*
気が付くと、砂浜に転がされていた。
目だけを動かして周囲を確認すると、木の枝と布で作った急ごしらえの屋根の下に俺はいた。木の枝は砂浜に深く突き刺さっている。その隣を、ヤドカリがのんびりと歩いていた。
俺は顔をもたげた。ぱらぱらと、頬に張り付いた砂が落ちる。
「……ここ、どこ……」
口を開くと、妙に喉が渇いていた。ひどく汗をかいている。
太陽はまだ高いところにいて、まぶしい日差しを降らせていた。
ぐっと体を起こそうとしたがしかし、思うように動かない。
今度は目を体に向けると、俺の体は簀巻きのように布でぐるぐる巻きにされていた。
「え……え?」
俺が狼狽していると、人影がこちらに近づいてきた。
その人物は太陽を背にしていて、顔が見えない。
「おう、目が覚めたか。坊ちゃん?」
しかし、その声で誰であるか、俺はすぐにわかった。
「ダット……なんで……」
「ちょいと、あんたと話がしたくてな。――誰もいないところで」
脳裏に、気を失うまえの記憶がよみがえる。
――そうだ、俺、ダットに船に乗せてやるって言われて、ついて行ったところで後ろから殴られて……。
「モーテスは、このことを知っているのか」
俺が問うと、ダットは飄々と答える。
「知らない。あいつはこういうことは嫌っている」
「こんなこと、しなくても……」
「あんたは俺に警戒して逃げ回ってたじゃねぇか」
「逃げていたわけでは……」
「あんたをどうやって捕まえたらよかったんだよ。モーテスにべったりで、ずっと村の外だ。精霊と俺たち等級の低い獣人は対等じゃねぇ。ふんじばって捕まえるわけにもいかねぇだろ」
ダットはそう言ったがしかし、いま俺はふんじばって捕まえられている。
俺は息を吐いた。話を聞くしかなさそうだ。
幸い、俺にはボリスがついている。俺はちらりと自分の首に首飾りがあるのを見て、それから太陽の高さを確認した。
話を聞いて、時間を稼ぐ。夜になれば、ボリスが俺を連れて逃げてくれるはずだ。
「話って、何……」
「ホークアイ夫婦の息子を見に行った目的はなんだ?」
「……モーテスが行くっていうから……」
「それは嘘だ」
ダットは言った。
彼は俺をまっすぐに見据える。
「あんた、もとはホークアイ夫婦の子どもなんじゃねぇのか」
「……え」
心臓が跳ねる。なぜ彼がそのことを。
俺が衝撃を受けている間に、さらにダットは続けた。
「それで、ホークアイ夫婦に育てられている子は、俺たち獣人の一族の子だろう? 精霊は入れ替えた子にその子に似た皮をかぶせるらしいじゃねぇか」
「は……?」
俺は言葉を失った。
――獣人の一族の子?
俺は目を見開く。そして、モーテスの言葉を思い出す。
人間に馴染めない、そして……。
――においが、好き……。
黙り込んだ俺を見て、ダットは自身の考えが当たっていることを確信した。
彼は俺に命令する。
「精霊シャラスに話がある。ここに呼べ」
俺は唸るように答える。
「……父さんは、ここには来ない」
「別に何しようって話じゃねぇ。俺たちは一族の子を返してほしいだけだ。……あんたも協力するってんなら、縄はほどいてやる」
「それは……わかるけど……。その、俺、いま家出してて。たぶん、俺がここに来ていることを、父さんたちは知らないと思うんだよ。だから、一回俺を開放してくれよ。谷に戻って、父さんたちにフィーダーのことをちゃんと話すからさ」
俺は真摯に答えたつもりだった。しかし、俺の言葉は逃げるための嘘と判断されたらしかった。
ダットはふん、と鼻で笑うと、俺の後ろに声をかけた。
どうやら、砂浜に転がされている俺からは見えないが、まわりには他にも獣人がいるらしかった。
「おい。水だけやっとけ。死なせないようにな」
「大丈夫か」
「いい。大丈夫だ。見合いに出た息子が予定通りに戻らなかったら、シャラスは絶対に様子を見に来る。俺たちはのんびり待てばいい。戦いの準備だけしとけよ」
金属が重くぶつかる音が聞こえる。
ダットの腰にも、太い剣がさしてあった。
彼らが村に俺を監禁しなかった理由。それは、ワイバーンと戦いになったときに他の獣人を巻き込まないためだ。
俺はさっと血の気が引いた。俺は低く言う。
「……父に手を出したら、ワイバーンが黙っていないぞ」
「先に我々獣人に手を出したのはそちらだろう。獣人に手を出したらどうなるか、シャラスに教えてやる」
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