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第24話
獣人というのは、わりと能天気な種族なんだろう。
翌朝、俺はダットとその手下たち4人が撤収作業をしているのを眺めながら、しみじみと言った。
「ワイバーンを相手にするつもりなのに、飛び道具を用意してないとか……能天気過ぎだろ……」
彼らが用意していたのは剣だけである。あとは食料と船と櫂。ワイバーンにたびたび火を噴かれて焦げてきた身としては、ワイバーンをなめているとしか思えない。
「うるせぇ。獣人は人間側で暮らしてて魔族とはほとんど関りがねぇんだよ!」
俺のつぶやきを聞き咎めて、ダットはそう噛みつく。彼はしっぽを膨らませて、牙を見せる。しかしまったく怖くない。むしろ、なんというか。
「アホの子だな」
俺はうんうん、と頷いた。
モーテスが次の村長に選ばれた理由がわかる。彼が柴犬だとすると、ダットはちょっと生意気なチワワくらいなのかもしれない。きゃんきゃん吠えるが、計画性がない。
ダットはさらにすごむ。
「ここに置いてくぞ!」
「はいはい」
俺は彼らが櫂を握る小舟に飛び乗った。
*
船は飛ぶような速さで海の上を進む。獣人というのは人間より腕力が優れているのだろう。ダットの掛け声に合わせて櫂が動くと、そのたびにぐんぐん加速した。
「はえ~」
俺はびゅんびゅんと風が後ろへ流れていくのを感じながら、こちらの世界に来てはじめての船を楽しむ。
「あ、魚いる」
「能天気はどっちだよ……」
ダットにつっこまれるが、俺は無視する。
これからフィーダーくんと会うことになると思うと、ちょっと落ち着かないのだ。
俺は熱心に魚影を眺め続けた。
すると、ダットが櫂を器用に使って魚を一匹船の上に掬いあげた。
俺はぴちぴち跳ねる魚を見て「ひー!」と情けない悲鳴を上げた。ダットは腹を抱えて笑った。
太陽はまぶしく光り輝いている。
風は乾燥していて気持ちがいい。
ここまでいろいろな地域を回ってきたが、ここらへんは恵まれた気候のように感じた。
船着き場につくと、その思いはますます強くなる。
朝、港に水揚げされている海鮮の量。この地域はきっと気候がよく、森も川も海も豊かなのだろう。
港を歩きながら、ダットを振り仰ぐ。頭二個分は俺の上にある顔は精悍で、知的な瞳をしている。しかし、彼が意外と考えなしであることを俺は知っている。
俺は言った。
「ダット、どうやってフィーダーくんを呼び出す?」
「家に行けばいるだろ」
「駄目だよ。両親に知らせるかどうかはフィーダーくんが決めるんだよ」
「なにも両親がいるところで話すつもりはねぇよ。呼び出すだけだ」
「いきなり獣人が来て息子を呼び出したら、何の用だってなるに決まってるじゃん……」
俺は肩を落とす。
それから顎に手をあててモーテスから聞いた内容を思い出す。
「たしか、フィーダーくんは毎日同じ時間に井戸にいるって……」
「なら、そこで待つか」
「そうしよう」
フィーダーくんが井戸にやって来るのは昼過ぎのはずだ。それまで、ダットは俺を街の風呂に連れていってくれるという。
こちらの世界は風呂といえば各個人の家の中にあるものとばかり思っていたが、この地域では大衆浴場があるそうだった。
「行きたい!」
俺は目を輝かせた。
*
そうしてやってきた風呂であるが、日本のような湯につかるような風呂ではなく、焼いた石を利用するサウナのようなものであった。
俺はもんもんと上がる蒸気の中、汗をだらだらかきながら座っていた。
日本人としては、やはりサウナといえば15分くらいは耐えたいところだ。
俺がじっと座ったまま動かないでいると、隣に座っていたダットが頭を抱えている。
「まだ入るつもりなのか……」
まだ余裕のある俺とは対照的に、彼はもう限界が近いようだ。しかし、サウナとはどの世界でも意地を張り合うものらしい。彼は俺が出るまで耐えると言い張っている。
「ダット、無理しなくていいよ」
「いや……無理してねぇ」
「仕方ないなぁ……」
俺は予定を切り上げて出口に向かう。そんな俺の後ろをダットはとぼとぼとついてきた。
水風呂に入って汗を流すと、すっきりとした気持ちになった。
俺は日本式に腰に手を当てて牛乳を一気飲みした。
頬を叩く。フィーダーくんに会いに行こう、と気持ちを引き締める。
隣をちらりと見る。
ダットはすっかりばててしまったらしく、ベンチに横になっている。
しかし、風呂に入ったため、彼の茶色い毛並みは光り輝きそうなほどツヤツヤになっている。
俺はそのふわふわに仕上がったしっぽをじっと見つめる。
――さ、触りたい……。
ここまで我慢していた欲求が、ついに抑えきれなくなる。
俺はそろり、と右手を伸ばす。
そして。
「ぎゃあああ!!」
「わああああ!」
俺がそのもふもふを握った瞬間、ダットは悲鳴を上げ、それに驚いた俺も悲鳴をあげる。
周囲の客たちはなんだなんだとこちらに注目する。
「なにすんだてめぇ!!」
「ごめん……つい……! あんまりもふもふだから……!」
仕方ないだろう、俺は素直にダットに謝る。
右手にすばらしいもふもふの感触が残っている。
「あ、あんたな……! あんたってやつは……!」
素直に謝ったというのに、ダットは顔を真っ赤にさせて怒っている。
俺はまた謝る。
「ごめんってば」
「モーテスを振ったと思ったら……! そういう……ことかよ!?」
騒ぎを聞きつけて、他の獣人たちも寄って来る。
「なんだ?」
「精霊の息子がダットのしっぽを掴んだんだと」
「ええ!?」
「しっぽを!?」
「モーテスは?」
なにやら周りが騒がしい。
俺が首を捻っていると、数人がダットの肩を叩いた。
「おめでとう」
「よかったな」
「精霊の息子かぁ……いいなぁ」
「ん?」
俺がさらに首を捻ると、ダットが低く言った。
「しっぽを掴むのは、求愛行動なんだよ……!」
「え? えええ?」
ようやく、俺は事態を把握して慌てだす。周りに集まって来ていたダットの手下に説明する。
「知らなかったんだよ! ほんとうに!」
しかし、彼らは生ぬるい笑顔をこちらに向けている。まるで、新婚夫婦を見守るような顔だ。
「いやいやいやいや!」
俺は首を振る。
「ダット! お前もなんか言え!!」
振り仰ぐと、ダットは顔を真っ赤にして、俯いている。
「えと……」
戸惑う俺に、彼は小さく言った。
「まあ、その、なんだ……よろしく、頼むよ」
周りの獣人たちが俺たちを冷やかした。
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