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第25話

 俺たちは例の井戸に向かった。  ダットは小型犬のように俺の後ろをついてまわってきゃんきゃんと何事かを吠えている。俺はずっと「仕方ないだろ!」とか「事故だ事故!」と叫んで彼をいなした。  しかし、ダットは散歩を強請る犬のようにしつこく、かつテンション高く絡み続けてくる。  井戸が見える木陰に着くころには、俺はもうぐったりとしていた。反対に、ダットの勢いは増すばかりだ。  「で? いつ嫁いでくる? 家はどうする?」 「だーかーらー!」  俺たちがぎゃあぎゃあ騒いでいると、井戸に続く小道の奥に人影が見えた。  フィーダーくんである。  俺たちは木陰に隠れているつもりであるが大声で叫びまくっているので、彼からするとなんか物陰に変なのがいる、という状況だろう。  俺は意を決して、彼の前に進み出る。 「こ、こんにちは」  俺が声をかけると、彼は驚いた顔をして、それからあからさまに警戒した様子を見せる。 「誰ですか」 「ええっと」  獣人と人間が連れ立って寄って来たのだ。彼の困惑は最もである。  しかも、その人間の方は自分と同じ目の色と同じ髪の色をしているのだ。  同じ目の色と、同じ髪色。俺は彼を見て、ごくりと唾を飲んだ。胸の奥がざわざわする。それはきっと彼も同じだ。彼は俺の姿をまじまじと見て、目を丸くしている。  俺が次の言葉を考えている一瞬の間に、ダットが割り込んだ。 「あんた、モーテスのこと好きか」 「ええ!?」  突拍子もない切り出し方に、俺は横に立つダットを振り仰ぐ。彼は精悍な顔つきをしている。深い考えがありそうな顔だ。しかし、その表情の下で何も考えていないことを俺はよく知っている。  俺が口をぱくぱくして、でもフォローする言葉も思い浮かばず、またフィーダーくんを見る。 「フィーダー、くん?」  フィーダーくんは、顔を真っ赤にしていた。 「え? え?」  動揺する俺。フィーダーくんがゆっくりと口をひらく。 「なんで、そのことを……」 「そのこと……? ……え? ……あ、ああ! ……って、ええ!?」  俺は心底仰天した。つまるところ、ようするに、そういうことだ。 「モーテスのこと、好きなの……!?」  俺が言葉にすると、フィーダーくんは耳まで赤く染まった。  ――両想いじゃん!!  俺はダットをまた振り仰ぐ。ダットは顎を撫でたあと、両手を叩いた。 「じゃあ、全部解決だな」  俺は盛大に突っ込む。 「はやいはやいはやい!」 「なんでだよ?」 「いろいろ! いろいろ説明しないといけないだろ!」  俺は頭を掻きながら、フィーダーくんに向き直った。 「あのさ、その、モーテスと、その……結婚したいとかそういう気持ちはある……?」  彼はもごもごと答える。かわいらしい声だった。 「その、でも、話したこと、そんなになくて……親と話しているのを、見ただけで……。モーテスさんって、獣人の偉い人みたいだし……」 「モーテスは偉い人の息子だけど……いい奴だよ! 話してみなよ!」  おせっかいな親戚みたいな言葉を言ってしまう。  俺の台詞に対して、フィーダーくんは首を傾げる。 「あなたたちは、その……モーテスさんの……なんなんですか」  俺は間髪入れずに答える。 「友達!」  ダットが割り込む。 「あ? 義兄弟だろ? 俺と結婚したら、そういうことになるんだぞ?」 「結婚してない! というかしない!」  俺たちの漫才のようなやりとりに、フィーダーくんがあからさまにドン引きしている。  俺はちょっと咳払いして、場を整える。 「ええと、この獣人はダットっていうんだけど、ダットはモーテスの兄弟なんだ」 「そうなんですね。モーテスさん、兄弟いるんですね」 「獣人は基本的に兄弟が多いぞ」  モーテスの兄弟、という情報でフィーダーくんの警戒がとけていくのがわかる。  俺は話すならいまだ、と思った。  すべて話して、それからフィーダーくんに決めてもらおう。 「そう……なんだ……ええっと……その、言いにくいんだけどさ」  俺はゆっくりと説明した。  俺が精霊に誘拐されたこと、精霊は誘拐した子を自分の子どもにして、別の子どもにその子どもに似た皮をかぶせて、攫った家においてくること、そして、それが俺とフィーダーくんであること。 「ようするに、フィーダーくんは獣人の子で、俺がそっちの人間の子なんじゃないのかなって……話」  俺がそう締めくくると、彼は目を丸くして、それから何か言おうと口を開いて、しかし何も音にはならなかった。  それもそうだろう。いきなり俺みたいなのが来て、「お前は獣人、俺がお前の家の子」だなんて、そう簡単に受け入れられる話ではない。  間近で見るフィーダーくんは、やっぱり、獣人と言われてもぴんとこない。  彼は線が細くて、どことなく儚い印象だ。体も華奢で、俺といい勝負かもしれない。  獣人といえば、モーテスといい、ダットといい、広い肩幅に隆々とした背中である。  フィーダーくんと獣人はどうしても結びつかなかった。果たして、彼も自身を獣人だと思うことができるのだろうか。  俺はじっと彼の言葉を待った。  フィーダーくんが口を開いたのはしばらく経ってからだった。 「僕が人間じゃないとしたら」  彼は慎重に、言葉を選びながら言った。 「僕の居場所が村にないのは当然なんでしょうか」  俺は言葉を失う。  彼は話し続ける。その目は悲しみに耐えるように、どこか遠くを見ている。 「僕が友達もできなくて、仕事もうまくできなくて、どうしても、誰にもなじめないのは、獣人だからだったんでしょうか」 「……それは」 「鼻が……鼻が利きすぎて、妙な目で見られて。そして、力も強すぎて、それで近所の子を怪我させてしまって。僕にはずっと、居場所がない……」 「……」  彼にかける言葉がみつからない。  俺がためらっているうちに、彼はこちらを見た。強い目だった。 「獣人に、戻れるんですか」  ――戻る。  フィーダーがその言葉を選んだことの意味を俺は正確に理解した。 「戻れるよ。戻すよ」  俺は言った。  そうだ。戻れるに決まっている。  俺は力強く頷いてみせた。 「獣人に戻って、それで、モーテスに会いにいこうぜ」 「……はい」  彼も、泣きそうな目で頷いた。  俺はやっと、安堵の息を吐くことができた。

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