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第26話
フィーダーくんは聖女と呼ばれる母、聖女の騎士を務めた父を両親にもっている。
フィーダーくんに連れられて、彼の家に入って彼らを見た時、俺の中の幼少期の記憶が一気に蘇った。
――そうだった。この人たちに抱きしめてもらってたんだ……。
おっちょこちょいなドジっ子属性の母、やれやれ系の父。
楽しい異世界生活を予感させてくれたラブコメのテンプレみたいな夫婦だ。
母親は、フィーダーくんの後ろにいる俺とダットをまじまじと見て、父親は母親を庇うように前に一歩出る。
懐かしさがこみあげて、しかし言葉にできない。
俺は目線を足元に落とす。
ぼろぼろになった靴が映った。この人たちに会うために、はるばるここまで来て、それで――。
黙りこくった俺の代わりに、フィーダーくんが説明してくれた。
彼がずっと感じていた違和感、人間にうまく溶け込めない不安。猫しか話し相手がいないこと。
そして、精霊が赤ん坊を取り換えるという話。
俺のこと、彼の思い。
「育ててくれて、感謝しているし、愛しているけど、僕が獣人であるなら、獣人として生きたいんだ」
彼の言葉を、2人は最後までじっと聞いていた。俺も、じっと聞いていた。
もし入れ換えられなかったら、どんな人生があったかと考える。
フィーダーくんは獣人の仲間といっしょに育って、俺はこの両親のもとで人間として村で平穏に暮らして……。
きっと、それはそれでいい人生だ。でも、もう俺もフィーダーくんもわかっている。
「父さんと、母さんの子どもになれて、ほんとうに幸せだよ」
フィーダーくんの言葉を聞いて、俺は頷く。
精霊の父はいつも適当で、大雑把で……。それでも彼と過ごした時間はかけがえがない。
「俺も、精霊に連れてかれて……いろいろあったけど、幸せに暮らしているよ」
俺はようやく思いの丈を言葉にできた。
思えば、この言葉を伝えたくて、ここまで来たのだ。
人間の両親の目がこちらを向いて、その目から光るものがこぼれた。
母親は言った。
「一人を産んで、ふたりの子の親になれるだなんて、うれしいわ。なんてお得なのかしら」
彼女はそう言って、フィーダーくんを抱きしめ、次に俺を抱きしめた。
彼女の顔は涙でぐしゃぐしゃだ。
たくさんの混乱があるはずなのに、彼女は強く言い切る。
「ふたりとも私の子だもの。どんな場所でも強く生きていけるに決まっているわ」
俺は泣いた。フィーダーくんも顔を伏せる。
俺の胸の中にあった黒くてもやもやしたものが消えていった気がした。
俺たちはみんな、ちゃんと幸せだし、これからもその幸せは続いていく。そんな確信があった。
幸せな、やさしい時間が流れた。
*
みんなでわんわん泣いたあと、父親が手を叩いた。
「お茶にしよう。積もる話もあるだろうし」
彼はそう言うと、いそいそとお茶の準備をはじめる。
母親は俺たちを居間に手招きして座らせた。
俺は懐かしい家を眺めながら、ゆっくりとソファに座った。
記憶では、この居間の隅にベビーベッドがあったはずだ。
母親は俺に尋ねる。
「泊まるところはあるの?」
「ええっと……」
ダットをちらと見る。彼は勢いよく頷く。
「俺の家に泊まれ」
「却下」
俺が即答で答えると、母親はちょっと小首をかしげて言った。
「うちに泊まっていけばいいじゃない」
「いいんですか……」
「あなたの家だもの。遠慮する必要はないわ」
母親はそう言った。
俺は照れくさくなって、俯いた。
俺の記憶では彼女にはドジっ子属性があったはずだが、いまの彼女には肝っ玉母ちゃんといった雰囲気がある。フィーダーくんを育てる過程で、彼女にも心境の変化があったのだろう。
彼女は俺たちを見比べて、それからまた言った。
「それにしても、ふたりともほんとうにそっくりねぇ」
俺はつい先日知ったばかりの知識で答えた。
「精霊は似た皮をかぶせるらしくて……」
「皮? なら、精霊さんに戻してもらったら、フィーダーの見た目は変わっちゃうのかしら」
これにはダットが答える。
「まあ、耳としっぽは確実に生えてくるだろうな」
フィーダーくんは顎に手を当てる。
「……何色の毛並みかな」
「あ、気になるのそこなんだ」
俺は突っ込む。
「何色でも似合うわよ」
母親が言う。「そう?」とフィーダーくんは嬉しそうだ。
そんなふたりを眺めて、俺は思う。
――そ、そっくりだ……。
ふたりとも、なんとなくゆるくて、ほのぼのした雰囲気がある。
産みの親より育ての親、ということなのだろうか。
ということは、俺も知らず知らずあの父に似ているのかもしれない。
父親がお茶を持って入って来た。みんなの前にお茶を配りながら、言う。
「それで、この後はどうするつもりなんだ?」
俺は答えた。
「精霊の谷に戻るつもりです。フィーダーくんもいっしょに来てくれたらありがたいなあって」
フィーダーくんが来てくれた方がいいのは間違いない。
谷に戻ってから父を連れて来るとなると、当然ワイバーンもいっしょになってしまい、少し大ごとになるだろう。なにより、気まぐれな父がフィーダーくんのためにここまで来ることを是とするかどうかは未知数だ。
フィーダーくんが尋ねる。
「それって、どの辺ですか?」
「アナリア平原の東。ヴァンパイアの里を越えて……」
両親は目を丸くした。
「そんなに遠く? ここまでよく戻れたわね」
「ワイバーンに乗って来たんです」
ダットが割り込む。
「わざわざ船で戻る気か? ワイバーンが迎えに来るんじゃないのか」
「だから、何度も言ったけど、俺、いま家出してて……」
「家出?」
今度は両親とフィーダーくんが割り込む。
俺は頭を掻いて、それから説明する。
「その、いま、俺は家出してて、ここまではお見合い相手に連れて来てもらって……」
説明しながら、我ながら変な状況だなと思った。
ダットもよくわからなさそうな顔をしている。
「とにかく、迎えは来ないので、自分で戻らないといけないんです」
俺がそう言い切った直後、家の表から「聖女さまはいらっしゃいますか!」という声がした。
母親と父親が同時に立ち上がって玄関に向かう。
母親は「聖女」と呼ばれる役職だったはずだ。
表からはそんな母を呼ぶ「聖女さま! 聖女さま!」という複数人の声が聞こえた。
俺たちは首を伸ばしてそちらの様子を伺っていると、来客はよほど切羽詰まっているのだろう、こちらまで届く大きな声で両親に縋った。
「聖女さま! 助けてくだせぇ……! ワイバーンが! ワイバーンが村に来ているんです! それも二頭も!!」
俺はそれを聞いて「げっ」という顔になる。
ダットの方は、「ほらみろ」とでもいいだけな顔をする。
「迎えが来たみたいだぞ?」
ダットの言葉に、俺は顔をひきつらせた。
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