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第27話

 外に出ると、空に航行するワイバーン二頭のシルエットが見えた。  ワイバーンの一頭は大きく、もう一頭はひとまわり小さい。  大きい方のワイバーンの背には、人影がある。 「父さん……」  ワイバーンが旋回してこちらを向いたのと、俺のつぶやきは同時だった。  ワイバーンと目が合う。見慣れた、感情のない爬虫類の目。父の伴侶・カリマだ。  彼の背に乗るのは当然――美しい銀髪と紫の瞳の精霊だ。 「ハルーーーーー!!!!」  絶叫が響く。やっぱりここからはよく見えないが、なんとなくワイバーンの背中の人影がぶんぶんと手を振っているような気がした。  ――父さん……ほんとうにいつでも元気だなあ……。  なんて呑気に思った次の瞬間、ワイバーンから人影がぽろりと落ちた。 「え」  人影はぐんぐん加速して地面に迫る。  俺は駆けだしていた。 「ええええええ!? 父さん!?」  足がもつれる。  嫌な汗が噴き出す。  心臓が跳ねて、息がとまる。  ――危ない!!  しかし俺が人影の下に回り込んだ瞬間、風が足元から集まって、精霊はふわりと空に浮かんだ。  そして精霊は俺を見下げて尋ねる。能天気に。 「なにしてるの? ぶつかるよ?」 「……いや……………」  忘れていた。精霊は風を操るのだった。俺は力が抜けて、その場に尻もちをついた。  父は器用に風を操ると、安全に地面に着地した。父が顔をあげる。  周りに集まっていた村の人たちが息を呑むのがわかった。精霊はその美しさで人を惑わすのだ。 「ハル……! 心配したじゃないか!」  石になったように動けない人々。その視線の中心で、父は俺の手をとって立たせると、勢いよく抱きしめた。 「怪我はないかい……!?」 「……普通に、降りて来いよ……」 「だって人間の姿が見えたから、ワイバーンにびっくりするかと思って」 「落下してくるのもびっくりだよ……!」  俺の文句を聞いて、父は肩を竦めた。 「細かいことはいいんだよ」  俺はうなだれた。父だ。間違いなく、父だ。  空からはワイバーンの鳴き声が降って来る。見上げると、大きい方のワイバーンに小さい方のワイバーンがしばかれている。 「……もう一頭は、ダーダリオン?」 「うん。彼が君をここに送ったって吐いたから」  吐かされている。  俺は心の中でダーダリオンに深く頭を下げた。巻き込んでしまって、ほんとうにすまない。空からダーダリオンの悲鳴のような鳴き声がか細く聞こえた。 「ほら、帰るよ。説教は谷でやろう」  父が俺に手を伸ばす。  その手をとって、俺は口を開く。フィーダーくんの番は終わった。次は俺の番だ。 「あのさ、父さん」  育ててくれた感謝と、愛と、それからひとつの頼み。 *  その夜、俺は獣人の村に泊まることになった。  俺たちはぞろぞろと獣人の村に入った。精霊の父とワイバーン2頭、それからフィーダーくんとダット、それからダットの手下たちもいっしょだ。  大所帯になって戻って来た俺を見て、モーテスは口を開けていた。 「どういう……?」  そしてもっともな疑問を口にする。ダットが先に答えてしまう。 「俺と結婚することになった」  俺はつっこむ。 「なってねぇよ」  ダットはなおも食い下がる。 「しっぽを掴んだだろうが」  モーテスが目を丸くする。 「ほんとうに?」 「だから、それは知らなかっただけで……」 「え、どういうこと?」  精霊の父まで参加する。 「獣人にとってしっぽを掴むことは求婚の合図なんですよ、お義父さん」 「そうなの? ハル、やるじゃん。獣人の息子か。うれしいな」 「二人とも黙っててくれ……」  あんなにつっこみ担当が足りないと思ったのはこの世界に来てから初めてだ。  モーテスは頭の上に疑問符をいっぱいに飛ばしながらも、ひとまず俺たちが泊まれる場所を提供してくれた。彼はきっといいリーダーになるだろう。  俺は宛がわれたゲルのようなテントに横になって、昼間の精霊の父との会話を振り返る。  俺が事情を説明して、父にフィーダーくんをもとの姿に戻すように頼むと、父はこう言った。 「……それ、私がしないと駄目?」 「と、父さんが撒いた種だろ……!」  父は唇をとがらせる。 「精霊の習性上必要なことだもん」 「だもんってなんだよ! いやそうだけどさあ……! こう、ああ悪いことしたなぁとかさ、そういう感情は」 「全然ない」  暖簾に腕押し、柳に風。  そもそもの価値観の違う種族である。俺の必死の説得が届くわけもない。俺は頭を抱える。父が否と言うのなら、もうこれは梃でも動かない。無理強いしようものなら、ワイバーンに丸焼きにされる。  フィーダーくんとその両親が不安げにこちらを見つめている。  父はちらとそちらを見て、それからめんどくさそうにため息をついた。 「ハルがすればいいじゃない」 「え?」 「ハルが精霊になれば、精霊の魔法は解けるようになるよ。ちょうど、お見合い相手が勢ぞろいじゃないか」  ヴァンパイアのボリス、ワイバーンのダーダリオン、そして獣人のダット。  言われてみれば、この地に揃い踏みである。  精霊になるということは、彼らの誰かと結婚するということである。  俺が唾を飲み込んだ。  俺が固まっていると、聖女が手を叩いた。  聖女は、魔物と人間の調整役だという話だ。彼女は精霊相手にも臆すことなく言った。 「ひとまず、一回人間の領域から出て話をしたらどうかしら? ワイバーンは人間にとって怖すぎるわ」  そして俺は獣人の村に戻って来たわけである。

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