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第28話

 俺は敷物の上に体を横たえて、ぼんやりと宙を見ている。  テントの外はもうすっかり暗くなっている。  静かな村に夜の虫の鳴き声だけが響いていた。  思い返すのは、俺のここまでの道のりである。  ヴァンパイアの里、ワイバーンの島、そして獣人の村。  谷を出た時、俺はこの世界をもっと見たいと思った。その願いはかなえられた。俺は俺なりに、父を離れて大冒険をした。  精霊として生きたいかと聞かれると、俺はまだ答えは出せない。ただ、これまでのお見合い相手から教わったように、結婚は家族をつくることだ。  それは俺が、こちらの世界で生きる覚悟を決めることのように思える。 「覚悟は、もう決まってるけどな」  俺はつぶやく。こちらの世界で生きる。それはもう、ずっと前にしている覚悟だ。ただ、いまはそれを強く感じることができた。  目をつむる。瞼の裏にはボリスが見せてくれた夜空と、ダーダリオンが見せてくれた美しい夜明け、そしてダットのもふもふのしっぽがあった。  俺はこの世界が好きだ。この世界で生きていくし、この世界で家族をつくれたらうれしいと思う。  俺が考えに耽っていると、かたりと物音がした。  目を開けると、部屋の隅にボリスがいて、片足を窓枠に掛けている。物音を立てないように抜け出そうとしていたらしい。 「ん?」  俺が声を上げると、彼は居住まいを正した。 「すみません……退室した方がいいかと思いまして……」 「ボリス……」  首飾りの中の彼のことをすっかり忘れて、そのまま部屋に持ってきていたらしい。  俺は慌てて起き上がる。    ボリスと向き合う。彼は困ったような顔をしている。  俺は彼に何か言いたいのだが、うまく言葉が出てこなくて黙りこくった。なんとなく、恥ずかしいような感じがした。俺もボリスも、互いに目が合わないようにしている。  ボリスはここまでの旅でずっと一緒だったのだ。そして、俺が父に何を言われたかも知っているだろう。  ぽつりと、ボリスが言った。 「……好い人はいましたか」 「なんだよ、ボリス。私は俺の見合い相手の誰より優れてるって自信満々だったのに、どうしたんだよ」  ずばり本題を切り出されて、俺はとっさに茶化した返事をしてしまう。意味もなくわたわたと手を動かす。  ばたばたしている俺とは対照的に、ボリスはしんみりとしている。 「ええ。言いましたが。あなたは魅力的ですから、それなりの男が寄ってきます」  彼の赤い目が俺を捉えた。俺は彼の直球の賛辞に頬を染める。そして、彼の唇が俺の唇に触れた日のことを思い出す。  俺が固まっていると、部屋のドアになっている布がめくり上げられた。 「邪魔するぞ」  俺の了承もないまま遠慮なく入ってきたのはダットである。  彼は部屋にいる俺を見て、それからボリスを見た。 「ああ? 抜け駆けがいるな。そいつがヴァンパイアか?」 「……挨拶が遅れてすまないな」  ボリスが適当な挨拶をする。ダットは腕を組み、ボリスを上から下までじろじろと無遠慮に見て、それから俺に向き直った。 「抜け出そうぜ」 「はあ?」  ダットはいたずらっぽく笑う。 「モーテスがフィーダーを連れ出したぞ」 「だから何だよ」 「尾行するぞ」  俺はまた固まる。ダットは目を輝かせている。兄弟の恋愛の行く末が気になって仕方がない、といった様子だ。俺はそれを見て頭を抱えた。ダットはほんとうに。  ――アホの子だ……。 「あのさ……二人は大人なんだから放っておけよ」  ダットは食い下がる。 「モーテスとフィーダーがうまくいくかどうかはお前にも関係しているだろうが」 「関係ないよ。俺は俺の意思で決めるんだから」 「どうだか。フィーダーがやっぱりやめたって言い出したらどうするんだよ」 「……それは……」  ダットはにっと笑う。 「な? ほら、見に行こうぜ」  半ば強引にダットに連れ出され、夜の獣人の村の隅をこそこそと歩く。  先頭にダット、次に俺、そして最後尾がボリスだ。  ダットは軽やかに進み、俺は恐る恐る進み、ボリスはわずかな音も立てずに進む。  途中、空を見上げると、月の真ん中にワイバーンの影が見えた。影は大きい。カリマのものだ。 「なんで飛んでるんだろう……」  俺が言うと、ダットが答えた。 「お義父さんは部屋が気に入らなかったみたいでな」 「どういうこと?」 「今夜はワイバーンの背で寝るってさ。ワイバーンはゆりかご代わりに一晩中このあたりをぐるぐる飛ぶって言ってたぞ」 「ええ……愛が深いなぁ……」  俺はもう一度空を見上げる。ワイバーンは静かに飛んでいる。  ワイバーンを村に入れるにあたって、獣人側から抵抗があった。モーテスがワイバーンを受け入れるのに出した条件は、ワイバーンだけは村のはずれで寝る、というものだった。  精霊の父はきっとそれが一番気に入らなかったのだろう。  俺はいつまでも熱愛中の二人にそっと息を吐く。 「で? モーテスはどこにいるの?」 「村はずれに小さな湖がある。そのほとりだろう」  俺たちはまたダットの後ろをついていく。  村を抜け、森に入り、道なき道に入る。  途中、ボリスが口を開いた。 「……こっちであっているのか」  ダットが舌打ちしながら言う。 「回り道してんだよ。まっすぐ行ったらかち会っちまうかもしれねぇだろうが」 「しかし……」  ボリスが抗議しようとした瞬間、俺は木の根に足をとられて転びそうになった。すぐにボリスが後ろから支えてくれる。 「もう少しましな道はないのか」 「ぜんぜんふつうの道だろうが」 「いいよ、ボリス。俺の身体能力が低いだけで……」 「湖まで、私が抱いて飛びましょう」 「はあ? 空飛んだらばれるだろうが」 「喧嘩はやめろって……」  森の中で二人があからさまに険悪になっていく。  俺は荒ぶる馬をおさえるときのように両手をあげて「どうどう」と二人を宥める。  しかし、二人は止まらない。 「そもそも、モーテスは兄弟なのだろう? わざわざ盗み見しなくとも、結果を明日聞けばいいではないか」 「男兄弟で色恋の話なんざしねぇだろうが、ふつう!」 「男兄弟で盗み見もしない」 「あー! もう! 喧嘩するなら置いてくぞ!」  俺が叫んだ瞬間、森の木陰から声がした。 「……なにをしているの?」 「え?」  驚いてそちらに顔を向ける。  闇の中に目を凝らす。すると、そこにはピンク色の髪の女性――フィーダーくんの母親がいた。彼女は大きな岩の前に立っている。 「あれ? こんなところで何を?」  俺が尋ねると、彼女はにっこりと笑った。 「お話をしていたのよ、ね?」  彼女が後ろに向かって言う。 「……ああ」  うしろの、岩が、返事を返す。 「ええ? あ……!」  よく見ると、彼女の後ろにいるのは巨大な体を丸めたダーダリオンであった。

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