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第29話

「ダーダリオン……?」  俺が名前を呼ぶと、彼はふい、と顔を背ける。暗くてよく見えないが、なんとなく、空気が変だった。 「どうしたんだ?」  問うたがしかし、ダーダリオンから返事はない。 「……」  代わりに、フィーダーくんの母親が答える。 「私は聖女だから、魔物と会話をするのが好きなのよ。それで、付き合ってもらっていたの」  彼女は楽しそうに笑う。しかし、ダーダリオンは黙ったままだ。 「ダーダリオン、なんか、不機嫌……?」  俺が言うと、また母親が笑う。 「ふふ、嫉妬していたんですって」 「ええ? 嫉妬?」 「あなたが親のところに行きたいというから無理して送り届けたのに、あなたが獣人とお見合いをしていたって聞いたんですって。ね? ほら、不満を言っちゃいなさいよ」  母親に肘で小突かれて、ダーダリオンはようやくこちらを見た。彼は相変わらず感情の読めない目をしているが、ため息は彼の不満を雄弁に語った。  俺は慌てて言う。 「いや、それは……ごめん。でも、俺、ほんとうに獣人が次の見合い相手だって知らなくて……なんていうか、偶然獣人の村の近くに落ちて……なんかあっという間に村に連れてかれて……俺は親のワイバーンに乗って行くって伝えられてたらしくて、ダーダリオンが俺の親だって勘違いされてさ……」  わたわたと説明する。ほんとうに知らなかったし、ほんとうにお見合いをする気などなかったのだ。  ダーダリオンは「私は」と話し出す。その声はどこか拗ねているようだった。 「あの後、精霊とあのワイバーンにひどいめにあわされた」 「うっ……ご、ごめん」  父の言葉を思い出す。そう、父はダーダリオンに俺の行き先を「吐かせた」と言っていた。俺は申し訳なさでいっぱいになる。  ダーダリオンはまた言う。 「大変な思いをしたのに、お前は会いに来てくれない」  俺は食い気味に言う。 「会いに来たよ! いま!」  空気を読まないダットが「え?」と声をあげて、ボリスがそれを黙らせた。  賢いダーダリオンはすべてお見通しだ。 「いまから三人でどこかへ行く途中なのだろう……」 「い、いや。その……ごめん」  俺はうなだれる。もう謝るほかにない。  ダーダリオンに悪いことをしてしまった。確かにモーテスとの見合いは彼への裏切りだ。  俺は頭を下げる。それでなくとも、ダーダリオンには迷惑をかけっぱなしだというのに。  俺を見下ろして、一拍。ダーダリオンはまたぷい、と顔を背けた。 「別に……もういい」 「うう……いっそ罵ってくれ……」  俺は言ったがしかし、心優しいワイバーンは首を振った。 「……お前が、無事でよかった」 「ダーダリオン……」  俺は彼を見上げる。月光の下で見るダーダリオンは幻想的だった。  俺は息を吐く。彼のおかげでここまでこれた。謝罪は受け取ってもらえないとしても、せめて伝えないといけない言葉が残っている。 「ありがとう」  俺は言った。 「おかげで、俺は人間の両親に会えたし、それから、フィーダーくんにも会えた。フィーダーくんっていうのは、俺と入れ替えられた子でさ。もともと獣人だったんだけど、精霊の力で人間の皮をかぶせられてて……俺のお見合い相手だった獣人のモーテスってやつは、このフィーダーくんのことが好きで、フィーダーくんも、モーテスのことが好きなんだよ。まだお互いがお互いを好きなことは知らないんだけど、なにもかも、うまくいくいっている。……ダーダリオンのおかげだ。ありがとう」  ダーダリオンはようやくこちらを向いた。 「なら、よかった」  彼の感情の映らない瞳が、ほんの少し、やらわかい色を帯びた気がした。 「あの、ちょっとごめんなさい?」  沈黙が落ちた瞬間、母親が片手をあげて尋ねた。 「フィーダーが、誰のことを好きですって?」 「え? あっ……」  俺は目を泳がせる。しまった。彼女がいることを忘れて、余計なことまで口走ってしまった。  母親は矢継ぎ早に言う。 「モーテスのことが好きなの? フィーダーが? それで、モーテスもフィーダーのことを? ほんとうに?」  俺が固まっていると、ダットが割り込んで来た。 「ああ。さっき二人で村を抜け出していったぞ。俺たちはそれを見に行く途中だった」  母親はにっこりと笑った。 「……私も行くわ。どっち?」 「こっちだ」  歩き出した二人に、俺は後ろから声をかけた。 「ほんとうに行くの? その、母さんも?」  母さん、と呼ぶのが少し気恥ずかしくて声が小さくなってしまう。彼女は「もちろん」と強く返事をした。  俺はどうするべきか悩む。もし俺がフィーダーくんだったとしたら、さすがに母親に見られるのは嫌な気がする。 「え、ど、どうしよう」  困って、ダーダリオンを見上げる。彼は首を傾げる。 「何が問題だ?」 「うーん。うまく言葉にできない」  今度はボリスを見る。彼は肩をすくめて言った。 「止めた方がいいと思いますよ。あなたのお見合いについていった私が言うのもなんですが……フィーダーとモーテスの問題です」 「だよな?」  俺は走り出して、二人を必死に引き留めた。ダットと母親は頑迷だった。絶対に見に行くと言って譲らない。 「見に行こうぜ」 「そうよそうよ」 「駄目だって! ちょっとはデリカシーってものをだな……!」  俺たちがぎゃんぎゃんと言い合っていると、耳をつんざく咆哮が響き渡った。 「え」  弾かれたように空を見上げる。月の中にワイバーンのシルエットがある。それはこちらを向いて、猛スピードで突っ込んできている。 「あ」  かちり、とワイバーン・カリマと目が合う。その目は爛々と輝いている。  ――また逃げ出す気か。  そんな言葉が聞こえた気がした。  

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