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第30話

「ひいいいいいい」  たまらず、俺は悲鳴をあげる。お見合い行脚がはじまって以来、しょっちゅう悲鳴を上げている気がする。  空の覇者はまばたきひとつの間に俺に接近すると、そのまま俺の腕を咥えて空に舞い上がった。  さっきまで隣にいたはずのボリスたちが遠ざかり、豆粒のようになってやがて視界から消えていく。  足元に広がるのは漆黒の大地だ。  俺はすくみ上った。 「うおおお! おち、落ちる! 高い! おろしてえええ!」  悲鳴をあげる俺に精霊の父の声が降ってくる。 「ハル、こんな時間にどこに行くつもりだい?」  月明かりに照らされて、ワイバーンの頭の上に頬杖をつく父が見えた。  俺は顔を上げて、彼に必死に弁解した。 「父さん! 誤解だよ! もう逃げないから! おろして!」 「暇なら父さんと散歩しようよ、空の」 「せめて背中に乗せて!」  ぎゃあぎゃあと夜空の真ん中で騒ぎ立てる。  地上に視線を向けると、遥か下でダーダリオンが飛翔しているのが見えた。  とはいえ、カリマはそれを上回る速さで飛んでいる。 「速すぎ! 死ぬって!」  俺の命はいまカリマの顎のさじ加減にかかっている。  騒ぎ続ける俺に、父の声がポツリと落っこちてきた。 「ハル」  それはいつも適当な父の、真面目な声。 「ごめんね」 「え……と」 「私が君をさらったこと、恨んでるかい?」  月が陰り、ここからではその表情を読み取ることができない。しかし父のめずらしい声音に、俺も真面目に返す。 「恨んでなんか……ないよ。父さんに育ててもらえて、感謝してる」  脳裏にこの18年間が鮮やかに蘇る。  父に手をとってもらってはじめて歩いた日、前世が恋しくて泣き出した俺に添い寝してくれた日、いっしょに木登りをした日、料理の下手な父が本とにらめっこしながら俺の誕生日のごちそうをつくってくれた日、川遊びをした日…。父はいつも笑顔だった。そして、俺もそんな日々が楽しくて仕方なかった。俺と父さんとカリマとファと。俺達は幸せな家族だ。  父はまた尋ねた。 「精霊に、なりたくない?」 「……俺は……父さんに憧れてるよ」  精霊というよりも、もっと本質的なものに憧れている。それは口に出したことのない俺の本音。 「父さんみたいに、幸せな家族をつくりたいよ」  異世界からやってきた寄る辺のない俺をつなぎとめてくれる存在。父がつくったそれは俺をたしかにこの世界に根付かせてくれた。次は、俺がそれをつくる番なのだ。  父が、小さく笑ったのがわかった。  月がやさしく顔をのぞかせて、俺たちに慈愛に満ちた光をそそいでくれる。  カリマは羽を動かして旋回する。その羽の動きの優美さとはうらはらに、すさまじい速さで雲の間を抜ける。  父は言った。 「なら話ははやいよね」  それはさきほどまでの真面目な声音とはうってかわって、いつもの楽しげな父の声だった。 「へ?」 「ハルもこの世界を見て回ったならもうわかると思うんだけど、人間と魔物はまだまだピリピリしてるし、魔族たちは精霊なんかよりずっと力を持っているし」 「……?」 「やっぱり強い伴侶がいいと思うんだよね。幸せは安全のうえに成り立つから」 「はあ」 「ハルが決められないなら、父さんがきっかけをつくろうじゃないか」 「は?」  話の流れが読めずに首をひねるばかりの俺。父はカリマから身を乗り出して俺を見下ろす。そしてニッコリと笑った。何百回と見た、父がろくでもないことを思いついたときの笑みだ。  彼の形のいい唇が動く。 「――カリマ、やっちゃって」 「いいのか」 「大丈夫。最悪私が助けてあげるから」 「ななな、なんの話? 何考えているか知らないけど一回冷静になろうよ。夜に考え事するとろくなことないし、そもそも俺は今日は疲れててもう何もできないし」  何が起きるかわからないまま、それでも父を翻意させようと言い募る俺であったが、努力虚しくカリマは俺を咥えた顎の力をゆるめる。  一瞬の浮遊感のあと、夜空の真ん中に放り出された。  谷を出てからというもの、もう何度も経験した感覚。  腹の底から、俺はまた叫んだ。 「またこれかあああああああ!!!」  急転直下。俺は真っ逆さまに暗闇の大地に向かって落下した。

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