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第6話
その後、俺は贅を尽くした夕食を与えられて度肝を抜かれた。皿が豪華すぎて、それを傷つけないように恐る恐るフォークを動かし、食べた気がしなかった。
それが終わると風呂に入り、それから借りた部屋着を着て部屋に案内された。
俺に宛がわれたのはこれまた豪奢な部屋だった。聞くと、一番上等な客間なのだという。並んだウォールナットの家具はすべて顔が映りそうなほどに磨かれている。居間があり、その奥のドアが寝室につながっているそうだ。
あまりの豪奢な部屋に俺はしり込み、絨毯を踏むことさえできない。
「ひい~……こんな部屋を用意してくれるなんて……オルム様……!」
オルム様に感謝すると同時に嘆く。
「絶対に頭がおかしい奴だって思われた……」
「まあ、あながち間違いではない」
エラーブルが言う。俺はそれを無視してさめざめと泣いた。
せっかくオルム様と再会を果たしたというのに。それってあんまりだ。
落ち込んでいる俺とは対照的に、エラーブルは上機嫌だ。
「侵入成功だ」
「うっ……そう言われると悪いことをしているみたいだ……」
「もっと悪いことをしてもらうぞ」
「え」
俺は顔を上げる。そこではエラーブルが顎を突き出してふんぞり返っていた。
「使用人どもが寝静まったら部屋を抜け出す」
「え? な、なんで」
「まさか一宿一飯を恵んでもらうためにここに来たとでも?」
エラーブルは悪い顔をしている。そうだった。俺は悪魔と契約したのだった。
「抜け出して、なにをするのさ? ままま、まさかオルム様の寝室に侵入……?」
「そうしてもいいが、そうするには情報が足らぬ」
俺はほっと息を吐く。
「情報って?」
「貴様には私の力の一部を与えてあるだろう。それを使う」
「力……? そういえば、それってどんな?」
「外に出ればわかる。……行くぞ」
エラーブルの合図で部屋を出る。
廊下を進み、階段を下る。エラーブルは城の地図が頭にはいっているのだろうか、彼の歩みに迷いはなかった。
俺は彼の後ろについていく。
月明かりの夜だった。城は静かに佇んでいる。
俺は自然と足音をひそめた。
「ここだ」と言ってエラーブルが立ち止まったのは中庭が見える回廊だった。彼はそのまま庭に降りる。
芝生を基調とした庭であった。レンガで小道が整備されている。剪定されて縦長に伸びたポプラが小道に沿って等間隔に植えられていた。
首を伸ばすと、遠くに東屋やベンチも見えた。
「何をするの?」
エラーブルは顎でポプラを示した。
「話しかけろ」
「え?」
「早くしろ」
エラーブルの顔を見る。彼は相変わらずふんぞり返っている。ことこまかく説明してくれるつもりはないらしい。
俺はおずおずと口を開いた。
「こ、こんばんは~」
風が吹いた。ポプラの三角形の葉が揺れてかさかさと音が鳴った。しっかりと手入れをして育てたポプラらしい。 目の前のそれは俺の膝くらいの高さから小枝を空に向けて伸ばしている。理想的なポプラの形だ。
じっとポプラを観察していると、ポプラの幹にゆっくりとこぶのようなものが現れた。
それは楕円に広がり、中央が横に裂けた。――まるで口のように。
『――人間と会話をするのは久方ぶりだ』
そしてその口が言葉を発した。俺は目を見開いた。
「……嘘」
呆然とする俺に、エラーブルが声をかける。
「うまくいったようだな」
「ち、力って、これのこと……!?」
「そうだ」
俺は口をあんぐりと開けた。ポプラを見て、またエラーブルを見る。エラーブルは命じた。
「セルジュ、ここの木々から領主について聞き出せ」
「え、エラーブルはその間どうするのさ?」
「私は城の外の木々を回る。そちらには見張りの兵士がいるからな。いいか、領主のことはすべて聞き出せ。ひとつでも多く情報がほしい」
「……わかった」
俺は大人しくうなずいた。いろいろなことがありすぎて、もういちいちつっこんでいられないのだ。
エラーブルが立ち去ったあと、俺はまたポプラの木と対峙した。
「あの、俺、セルジュっていうんだけど」
人生において木に名乗る日が来るとは思わなかった。
『小生はププリエと申す』
そして木に名乗られる日が来るとも思わなかった。
「オルム様について教えてほしいんだけど」
『はて……何を教えればよいのか』
「ええっと」
何、と言われば困る。
眉根を寄せた俺を見て、ププリエはひとりで語りだす。
『名はオルム・シャテニエ。年齢は二十五。シャテニエ家の次男に生まれる。両親と兄は彼が十八のときに他界し、それからこのシャテニエ領の領主を務めている。温厚な人柄のようでよく庭師にも声をかけている』
「へえ。オルム様、やっぱりいい人なんだ」
城下に聞こえてくるのも彼の人柄をほめたたえる話ばかりだ。
やっぱりそうなのだ。俺の英雄。俺の領主様。完全すぎて眩しい。
俺は深くうなずく。
「ディヌプの森を滅ぼすようなことをするとは思えないよね?」
『ディヌプの森を? そうには思えないが、何故?』
「うん。エラーブル、あ、さっきのね、俺の後ろにいた森の精がそういう予知をしたとかで……」
『エラーブル様の予知は絶対だ』
「エラーブルのことを知ってるのか?」
『この土地の木でエラーブル様のことを知らぬのは西の木々だけよ』
「へえ……」
俺は両手を叩いた。
「あのさ、ならエラーブルのことも教えてくれよ」
ププリエは俺が乞うままにエラーブルのことを教えてくれた。
俺は彼にいろいろと尋ね、彼はそれによどみなく答えた。彼はもの知りだった。
俺はエラーブルが千年生きている楓の木を本体とする森の精であること、人間が好きでそのへんをよくうろついていることなどを知った。
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