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第25話

 そうして俺は自分の手でこの楽園に終止符を打つことにした。  オルム様の肌に触れたシーツや枕はこのまま洗わずに大事にとっておこうと思う。俺にはその思い出だけで十分だ。彼を妄想してもんもんするには十分すぎる。  しかし、その夜、やってきたオルム様はこう言った。 「俺は結婚しない」  俺は予想外の言葉に驚いた。 「え? なんでですか!?」 「ああ。だから中に入れてくれ」  俺とオルム様はドアを挟んで押し問答をしていた。俺は自分の部屋の中で鍵を掛けて籠城し、オルム様は外からドアを叩いている。  俺は言った。 「辺境伯のご令嬢とは幼馴染なんでしょう? 悪い話じゃないですよ」 「貴族なんて血縁がどこかでつながっていればほとんどみんな幼馴染だろう」 「そのへんの事情は知りませんけど……」  オルム様は言い募る。 「とにかく、私は彼女と結婚などしないから、お前が余計なことを考えて俺を廊下に締め出す必要もない。入れてくれ」 「うーん。でもなあ」 「ほかになにかあるのか?」  俺は答えるべき言葉に悩む。  エートル様に頼まれたのだ、と言えば話がこじれてしまいそうだ。  エラーブルを見ると、彼は部屋の隅で「領主を焦らしているのだな。これも駆け引き。いいぞ~いいぞ~」と目を輝かせている。  もちろん、俺は焦らしているわけではなく素直にオルム様の結婚と幸せを祈っているのだ。  俺が次に続ける言葉を見つけられずに黙っていると、オルム様が口を開いた。 「妬いてくれるか」 「え?」 「うれしいこともあるものだな」 「焼いて……?」  オルム様がなんの話をしているのかわからず、首をかしげる。エラーブルは身を捩って「このお馬鹿!」と叫ぶ。いったいなんなんだ。  俺は踏み込んだ質問をした。 「なんで結婚なさらないんですか」  俺の質問にオルム様は気分を害すどころか、上機嫌の声で答える。 「なんでだと思う? 理由はふたつある」 「ふたつも?」 「当ててみろ」 「全然わかりません」  俺が即答すると、オルム様がドアの向こうで小さく笑った声が聞こえた。  エラーブルは「何をずけずけと答えているのだ! そこは焦らすのだ! わかっているけど答えない、と言って相手の気を引くのだ!」と叫んでいる。――エラーブル、もしかしなくてもけっこうやり手だ。  オルム様が言った。 「ひとつは俺が領主になったときの誓い、そしてもうひとつは最近できた理由だ」  俺は首をひねる。誓いと、最近できた理由?  オルム様はおもしろがっている声音だ。 「当ててみろ。特にふたつ目を」 「ふたつ目?」 「お前にも関わる理由だ」 「俺に関わる……?」  俺はますます首をひねる。考えてみてもまったく見当がつかない。  しかし、エラーブルは思い当たるものがあるらしい。彼は少し考えたあと、はっと顔をあげると「まさか、この領主……」と声を震わせた。 「なに?」  小さく尋ねると、彼は額に手を当てて天を仰いだ。 「年頃の男がふたり。毎晩毎晩いっしょに褥で寝て。ふつうなら一晩くらいむらむらすると思わないか」 「思う」  俺は一晩どころか毎晩むらむらもんもんしている。 「しかし、この領主は手を出してこない。手を出さないなどありえると思うか?」 「え、ありえるでしょ」 「それは貴様が妄想で満足するむっつりだからだ」  そう言われてしまえば反論の余地はない。俺は毎晩何をしなくてもただ隣で眠るだけで満足していた。なんならおなじ街に生まれ、存在を認知されているだけで十分すぎるほど満足だ。いまの状況は満足しすぎて爆発しそうなほどだった。  エラーブルは俺に顔を近づけ「ようするに」と声を落とす。 「不能なのではないか」 「フノウ?」 「ええい。股のものが役に立たない、ということだ」 「あ……」  ごごごーん、と俺の体に雷が落ちる。  ――オルム様のオルム様が、役に立たない?  なるほどそれは一大事だ。 「……そっか」  ――不能。  結婚しない理由としてこれほどわかりやすいものはない。  貴族の結婚は政略結婚だ。家と家を結びつけるものだ。そのために、必ず子どもをつくる必要がある。もしそれができないとなると。 「大変だ……」  俺の言葉を拾って、オルム様が言う。 「何だ? セルジュ?」 「かわいそうなオルム様……」 「セルジュ? おーい?」 「オルム様!」 「な、なんだ?」  俺は力強く宣言した。 「まかせてください! 俺が治す薬を見つけてさしあげますからね!」  そう。俺はオルム様のお役に立ちたくて庭師になったのだ。いまがその時だ。  こぶしを握る俺に、エラーブルがつっこんだ。 「かっ……! そこは貴様の体で眠っていた男の本能を刺激してやるべきとことではないのか」  俺はひそひそと、それでいて勢いよく反駁した。 「ばばば馬鹿! そんなことできるか!」 「それをさせるために領主に近づけたのだ! はやく領主を肉欲の虜にして情報を聞き出せ!」 「無理だって!」  エラーブルと言い争っていると、今度はドアの外からオルム様が言った。 「セルジュ、とりあえず一度このドアを開けてくれないか。顔を見て話し合おう。お前はなにか勘違いをしている気がする。薬? いったいなんの薬だ? 睡眠の薬ならもういらないぞ? ドアを開けてくれ」  今度は俺が大きな声で反駁する。 「いいえ! オルム様! だめです。俺は明日朝早くから樹木園に行くので! おやすみなさい!」  そう。さっそく樹木園でそういう効能を持った木々がいないか聞き取りだ。  俺は使命感に燃えている。  ――かわいそうなオルム様。  人間の三大欲求である睡眠欲、食欲、性欲のうち、睡眠と性に不調をきたしているだなんて。 「俺がオルム様を救ってさしあげますからね!」  もう一度言った。オルム様はすごすごと自分の部屋に戻っていった。

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