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第27話
その植物はメロイダイという名前らしかった。
エラーブルに連れられて森の奥に行くと、すぐに見つけることができた。
「これが、メロイダイだ」
エラーブルが指さした先には緑の蔦がある。俺はそれをまじまじと見た。
葉の端はぎざぎざで、葉の表側はつるつるだが裏にはびっしりと毛が生えている。蔦はぷっくりと太く、オークの木に複雑に絡みついている。
「見慣れない蔦だね」
俺はそう言いながら手を伸ばす。エラーブルが注意喚起した。
「気をつけろ。素手で分泌液に触ると水ぶくれができるぞ」
「はあ?」
俺は慌てて手をひっこめる。
「無害だって言ったじゃないか」
「薄めれば無害という意味だ。せいぜい、かゆくなる程度だろう」
「ああ、それでメープルの樹液を使って薄めるのか」
「そういうことだ」
俺はポケットから樹木園で使っている手袋と鎌を取り出すと、慎重に蔦を引っ張る。
「これくらいあれば十分かな」
「ああ」
蔦を切る。途端に、切り口から黄色い汁がこぼれおちてくる。
「うわ、とっと……」
急いで革袋でそれを集める。それは粘度があるらしく、もったりとしていた。鼻を近づけてみると、少しだけ刺激臭がした。
「くっさ……」
「薄めれば匂いも消える」
「ふうん。でも、どういう原理で不能を治してくれるんだろう?」
「そこまでは知らぬ」
「エラーブルって結構知らないことが多いよね」
俺が言うと、エラーブルは俺の首根っこを捕まえて持ち上げた。
「ぐえっ」とつぶれたカエルのような声が喉から出た。
「何か言ったか」
エラーブルは人差し指――生贄を要求する指――を立てながら俺を覗き込む。
俺は素直に白旗を振った。
「嘘ですごめんなさいエラーブル様」
「よろしい」
エラーブルはふん、と鼻を鳴らした。
それからエラーブルはメープルの大木の下に俺を連れて行った。そこは俺が生贄に捧げられた場所でもある。俺はおおぶりの枝を見上げて、少し感慨にふける。
「春先にはあそこで死にかけたんだよな」
ここでの思い出はそれだけではない。
「で、オルム様に助けられたんだ」
いまでも何度も思い出すあの瞬間。擦り切れてしまうのではないかと思うほどに頭の中で繰り返したオルム様との出会い。
「はあ~俺の第二の故郷だよ、ここは」
俺は地面に片膝をついて土を撫でる。
「このへんにオルム様が立っていたんだよな。記念に土を持って帰ろうかな」
エラーブルは肩をすくめる。
「むっつりもそこまでいくと病気だな」
「うるさいな!」
俺は土を諦めて立ち上がる。
「で? ここで何をするの?」
「樹液をとる」
言いながら、エラーブルはメープルの幹を顎で示す。
示されたところには幹に穴が開き、その穴には木の欠片が刺さっている。
「引き抜け。そうしたら樹液が出てくる」
「ああ、なるほど」
メープルの幹は穴をあけておくとそこから樹液が流れ出る。樹液をとらないときはこうして穴に蓋をしておくのだ。
俺は蓋代わりの木片をとりのぞく。するとすぐにとろとろと蜂蜜を薄めたような色の樹液が流れ出てきた。
「わ、出てきた」
樹液は幹を伝って下へ落ちていく。
「小さめの枝を指すと、上手に集められるぞ」
言われた通りにすると、樹液が枝を伝いはじめる。俺は枝の先に革袋をあてがった。革袋の中に樹液がぽたぽたと落ちていく。
「どれくらい薄めればいいの?」
「メロイダイに対して三倍くらいだな」
樹液を集めるのには時間がかかる。俺は革袋を幹にひっかけると、手を放してその場に座り込んだ。
そして改めてあたりを見渡す。
「そういえば、このメープルのほかにも樹液を集めている木があるよね」
俺の視線の先にはメープルと同じように幹に穴をあけられて、そこに木片が刺しこまれている木があった。
俺はその木に声をかけた。
「パインの木だよね? 君」
木が揺れて、口が浮かび上がる。彼は渋い声で答えた。
『正解じゃよ』
パインは樹皮がごつごつとしていた。葉は細く、針のようだ。
「パインの樹液って何に使えるの?」
『さあ……? 楽器に塗るとかを聞いたことがあるが……』
「甘いのかな」
『甘くはないぞ。それに、どろどろしている』
「どろどろ。へえ。いろいろな木があるんだな」
エラーブルと出会わなければ、気が付けなかったことだ。
少しすると、十分な量の樹液を集められた。俺は革袋を覗き込む。エラーブルに教わった三倍よりも少しだけ余計に薄めていた。
「どんな薬でも最初は用心しないとな」
俺が言うと、エラーブルが鼻で笑った。
「肝っ玉の小さいことだ」
「オルム様が飲むんだぞ、何かあったら大ごとだろうが」
俺は革袋の口を閉めて、それからメープルの木の幹にまた木片を刺しなおした。
「勝手に樹液をとって怒られないかな」
心配する俺をよそに、エラーブルはしれっと答えた。
「森のものはすべて私のものだ」
「そうだけどさ」
「ほら、次はこれだ」
エラーブルはメープルの傍にある祠を指さした。
「あれ、これって……」
生贄の儀式のときはこの祠の扉が開いていたはずだ。中には――。
「開けろ」
「いいの?」
「私のものだ」
俺は祠の扉に手を伸ばす。鍵はかかっていなかった。扉はぎい、と年季の入った音をあげて開いた。
「杖……」
中には儀式のときに垣間見たまま、古びた木製の杖が入っていた。指先から肘くらいまでの長さのそれは、持ち手の部分は金で作られ、複雑な彫刻も施されている。手にとると、太陽の光を反射してキラキラと光った。
俺はその彫刻に指を這わせた。ざらりとした質感が指に伝わる。
「これさ、大事なものだよね?」
「いいから。持って行け」
「え、持って行くの? なんで?」
エラーブルは口の端だけ不自然に上げた。まるでいたずらをたくらむ子どものように。
「いいかセルジュ、もし領主に薬が効きすぎてしまっているようだったら、この杖で頭を叩いてやるのだぞ」
「はあ……?」
エラーブルの目的が分からず、俺はあいまいな返事をする。
「大事なことだ。ほら、いつでも取り出せるようにベルトにさしておけ。ちゃんとこれで叩くのだぞ? はじめてでは薬が効きすぎるやもしれんからな?」
「効きすぎたときに、頭を叩いて何になるのさ?」
「冷静になれる」
「……そっか」
納得できるような、できないような。なおも杖を持ったまま固まる俺に、エラーブルが言い募る。
「冷静になってもらわなくては困るだろう? なにせ、貴様ときたら熱を孕んで暴走した領主の体を鎮めてやるだけの技量がないだろうからな」
「ななな!? 鎮める……!?」
「ほほほ。たとえばこう、口でだな……」
エラーブルは指で輪をつくり、それを口元にあてがう。
俺は両耳をふさぎ、目をつむって叫んだ。
「あー! あー! あー! 聞こえないー!」
むっつりさが売りの俺にはちょっと刺激が強すぎる話だ。
なんだか上手にごまかされて、結局俺は言われたとおり、杖を腰のベルトに刺した。
俺は言う。
「でも、まあまずはさ」
「なんだ?」
「オルム様に飲ませる前にやることがあるよね」
エラーブルは首をかしげた。
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