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第28話
その夜、俺は部屋の前で行ったり来たりする不審な足音に気が付いた。
「オルム様」
ドアをほんの少しだけ開けて廊下を垣間見ると、そこには予想通りオルム様がいた。
「……セルジュ」
彼は俺に気が付くと、足を止めて眉尻を下げた。
俺は尋ねる。
「なにをなさっているんですか」
「……お前の部屋の明かりをひとめ見てから寝ようと思って……」
「ぐあっ……」
いじらしいことを言うオルム様。俺は例のごとく膝から崩れ落ちた。
――捨てられた子犬のような顔も、いい!
俺は胸を押さえて苦しむ。目には見えないが、俺の心臓は間違いなくいま射抜かれた。
しかしながら、今日に関してはいつものようにうなずいてやれない。俺は首を横に振った。
「オルム様……、今日は、その……」
「きょ、今日は入れてくれるのか……!」
ぱああ、と彼の顔が期待で明るくなる。俺の心に重すぎる罪悪感がのしかかる。
「うっ……ごめんなさい……その、きょ、今日は……」
オルム様に向かって断りの台詞を言えないでいると、オルム様がドアの隙間を覗き込んできた。
間近で目が合う。彼の長いまつげが俺に届きそうだ。
「セルジュ? 目が赤いが、どうかしたのか?」
「うう……」
俺は唸る。うつくしいオルム様。指先から力が抜ける。呼吸は乱れ、視点が定まらない。
俺の俺は熱を孕んで大暴走中だ。
最後の理性を振り絞り、俺はドアを勢いよく閉めた。
「ごめんなさい、今日だけは無理ですっ!!」
そう、俺はオルム様に試す前まずやるべきこと――まず自分の体でメロイダイの薬を試すこと――をしている最中なのである。念のため確認しておくが、これは決して、邪なむっつり好奇心からきた行動ではない。オルム様の身の安全のための自己犠牲だ。
「セルジュ?」
「お、オルム様、ごめんなさい、今日はほんとうに無理です!」
俺はぎゅっと自分で肩を抱き、背中からドアにもたれかかる。
そのドアの硬い質感。それにすら肌が粟立ち、背筋を快感が抜けていく。
「ふっ……あ、ぐぅ……」
全身の毛が足のつま先から順番に逆立っていく感覚。俺は奥歯を噛み締めて、快楽の波が去るのを待つ。
ドアの外からはオルム様の心配げな声がする。
「セルジュ、体調が悪いのか? 熱があるんじゃないか!?」
彼はドアノブをひねっってドアを開けようとする。俺は開くドアを背中で押し込める。
「あああ、開けないでください!」
開けられたら死ねる。全身汗まみれで、おまけに股間のそれははち切れそうなほどに立ち上がっている。
――こんな姿、オルム様に見られたくない……!
俺はぐっと背中に力を込めた。しかし、次の瞬間、ドアは強引に破られてしまった。
「セルジュ!」
蝶番がきしんで、オルム様が部屋に転がるように入って来た。彼はドアに体当たりをしたようだった。
「……オルム様……」
「セルジュ、いったい何が……」
彼がこちらを見る。見てしまう。
「あ……」
「あ……」
彼の目が俺の目を捕え、ほてった首をたどり、そして――。
俺はその場にしゃがみ込んで屹立したそれを隠す。
「ここここここれは‼ く、薬で! 薬を飲んで!」
「薬!?」
「そうなんです! へ、変態ではありませんからね! 薬の効果でこうなってしまって!」
実際、薬を飲んで少ししたら急な尿意に襲われ、厠に行って戻ってきたらもうこうなっていたのだ。
俺はうつむく。
――よりにもよってオルム様に見られるだなんて……!
恥ずかしすぎる。こんな姿。俺の鼻の奥がツンとした。
オルム様はドアを閉めて、座り込む俺の肩に手を置く。
「いったい何の薬を飲んだんだ……?」
――ナニの薬です。
というえらーブルのようなことは言えない。俺には一応恥じらいがある。ちなみにエラーブルは俺が薬を試すときに部屋から出て行っている。意外とあいつにも分別があるらしい。
俺は黙った。使用人の部屋はいくつも連なっていて、ふつうこれだけ大騒ぎしたら誰か様子を見に来てもよさそうなものだが、幸か不幸か俺の部屋にオルム様が通っていることは周知の事実になっていしまっている。この気まずい空気を払拭してくれる第三者は来ない。
オルム様は俺の部屋を見渡す。そして、机の上に置いてあるそれに気が付いた。
オルム様はその薬を指ですくって自分の鼻先にまで持って行く。
「メロイダイの匂いだ」
「知っているんですか!?」
「……有名な薬だからな」
そうなのか。これを使って森の奥で楽しんでいた村人たちといい、知らぬはむっつりな俺だけということか。
俺は全身から力が抜けていくのがわかった。苦労して見つけた薬だと思ったのだが、実のところそうではなかった。肩透かしを食らったような気分だった。
「こんな薬を用意して、いったいどうしたんだ?」
俺は観念した。うなだれて、正直に告白する。
「……えっと……実は、オルム様に飲んでほしくて」
「私に? なぜ?」
「だって……」
オルム様のオルム様は不能でいらっしゃるんでしょう? だなんて、面と向かって言えるわけがない。俺はなにか別のふさわしい言葉を探したが、結局見つけられなかった。
黙ったままでいると、オルム様がメロイダイの薬が入った革袋を持ち上げた。
「わかった。よくわからんが、お前がそう望むなら飲もう」
「ええ!?」
俺は思わず立ち上がる。しかし止める間もなく、オルム様はそれに口をつけて、喉を動かした。
「えええ!」
そして彼は革袋を床に投げ捨てると、俺を振り返る。
「……セルジュ……つらそうだな」
彼の目は立ち上がった俺の俺に向けられている。俺はシャツを伸ばしてそれを隠す。
「いえ、お、俺は……」
オルム様が俺に近づいて来る。
「よしよし」
彼は猫を撫でるように俺の頬を撫でる。
「いま、楽にしてやるからな」
そして猛禽のような目で俺を見た。
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