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第30話
俺は自分がしでかしたことの重大さに気が付いた瞬間に「ぎゃあああ」とこの世の絶望がすべてつまったような悲鳴をあげた。
そしてものすごい勢いで服を着ると、山賊もびっくりな足の速さで水と布を持って戻って来た。
オルム様の頭に濡らした布を当てる。そして、そこがしっかり見事なたんこぶになっているのを見ると、俺は床に頭をこすりつけた。
「すみませんでしたああああ!」
いまなら靴も舐めそうな勢いだ。しかし、そんな俺の勢いのいい謝罪をうける側であるオルム様ときたらいたって冷静である。
「いや、私の方が悪い。強引すぎた。驚かせてすまない。痛くはないか?」
彼は俺の肩に手を置いて、俺を立たせようとする。しかし俺は微動だにしない
「ひいいい! いま! いま罰してください!」
「いいから……落ち着きなさい」
オルム様はため息をつく。彼ももう衣服を整えていて、先ほどまでここで俺たちが人には言えないようなことをしていた名残はほとんどない。
オルム様が尋ねる。
「それより、いったいなんでメロイダイを飲んだんだ?」
「それは……。その……」
俺は言いよどむ。オルム様は挑発的な笑みを浮かべた。
「なるほど? お前は私に薬を盛った上に隠し事までするつもりか?」
「えへへ……そんな滅相もない……」
オルム様は自発的に薬を飲まれたから「盛った」という表現は正しくないのだが、訂正できる雰囲気ではない。
俺はへらへらと笑う。このままごまかせないかと期待するが、彼は俺をまっすぐに見据えたままだった。
俺は観念した。
「その、オルム様のオルム様が不能だから、それを治すための薬を探して、メロイダイなら治せるって……でもいきなり飲ませるのは危ないので、俺が試しに……」
オルム様は耳のあたりを掻きむしった。
「……すまない、もう一回言ってくれるか。まったく話が入って来なかった」
「ですから、オルム様のオルム様が不能だから」
「ん? んん? んんん!?」
「オルム様の、オルム様が……」
「待て待て待て待て……ん?」
「はい?」
「私が不能だという話をしているのか?」
「はい」
「私の股のものが?」
「ちがうんですか?」
「……お前はどう思う?」
どうって言われても、と思いかけて、そういえばついさっき立派に立ち上がった彼のそれを見たばかりであることに思い至る。俺は思い出して、急に顔が赤くなるのを感じた。
「……ご立派で」
「それはよかった」
オルム様は満足げに笑った。
「それで? どうして私が不能だと思ったのだ」
「だって、オルム様は結婚なさらない理由がふたつあるとおっしゃっていたので、きっとそのうちのひとつは不能なのかなと」
どんどん声が小さくなる。いま振り返るとなかなか飛躍した理論だ。オルム様もあきれ顔である。
オルム様はため息をついた。
「私が結婚をしない理由は、まず後継者問題が面倒だからだ」
「え?」
「どこかの貴族令嬢と結婚したら子どもをつくらないといけないだろう。しかし、私の子とエートルで後継者問題になるのが目に見えている……。いまでさえ、エートルをないがしろにして私に結婚を迫る部下がいるくらいだ。私はエートルに爵位を継がせるために、子どもはつくらないと決めたんだ。しかし、それでは納得しない連中もいるだろうから、今回の保養院はエートルの手柄にしてやりたいのだ」
「……あ」
俺は顔を伏せる。自分の無知と浅慮が恥ずかしかった。
オルム様はくすりと笑って、俺の頭を撫でた。
「心配してくれたのだな。ありがとう。でも、大丈夫だ。私が自分で決めたことだ」
「余計なことを、してしまいました……」
オルム様はまた笑う。
「まったく、それにしてもよりにもよってメロイダイとは……いったい誰の入れ知恵だ?」
「えっと、ちょっと詳しい人に聞いて……これを飲んだら元気になる、と」
「元気にはなるが、後遺症も大きいだろう」
「え? 後遺症?」
俺が目を丸くすると、オルム様も驚く。
「なんだ、知っているわけではないのか?」
「えっと、その、男の不能を治す薬だって……」
「まあ、そうとも言えるが……。尿に交じって通るときに、そこをかぶれさせるんだ」
「かぶれ……」
「そう。それで腫れる。それが性的な興奮に似ているから一見不能を治しているように見えるだけだ」
「じゃ、じゃあ……不能を治す薬では」
「ないな。一時的に勃起させるが、あとが大変だ。そのままにしていたら痒くてしばらく寝られないぞ」
「ふえ……」
俺は股を抑える。俺の俺はいったいどうなってしまうんだ。
しかし、オルム様は「安心しろ」と言い添える。
「メロイダイの痒みを抑えるのには唾液が効く」
「唾液が?」
「そうだ。怪我をしたら唾をつけておけというが、もともと唾液にはそういう力があるのだ」
「なるほど?」
オルム様は悪い笑みをうかべた。
「よく舐めておいたから、大丈夫だろう」
「~~~~‼」
「すみませんでしたああああ!」
俺はまた勢いよく頭を床に叩きつけた。
――オルム様になんということをさせてしまったんだ。
という思いと同時に、胸にちくりと痛みが落ちた。
――そう、だよね。
オルム様が俺の体に触れてくれたとき、ほんとうに幸せだった。夢を見ているようだった。もしかしからオルム様は俺を特別だと思ってくださっているのではいかと期待した。
しかし、ひも解いてみると応急処置だ。
俺は自分の心の痛みに苦笑した。
――馬鹿だなぁ。
ほんとうに、馬鹿だ。俺はじっとこぶしを握る。もともとオルム様をどこかの誰かと結婚させようとしたのは自分ではないか。泣くな、みっともない、と自分に言い聞かせる。それでも、一度その肌に触れてしまったあとでは、もう自分の気持ちに蓋ができない。
――俺ってば、オルム様のこと、好きなんだなぁ。
最初はただのあこがれだったはずだ。命を助けられて、恩を返したくて。それがいつのまにか膨らみ、いまではすっかり彼の虜だ。
俺はきっと顔をあげた。伏せていたらこぼれてしまいそうなのだ。
「お、オルム様のお体は平気ですか?」
「ん? ああ……お前のおかげだ」
彼は笑う。そういう人なのだ。誰にでもやさしい、お方なのだ。
「オルム様まで、飲まなくてもよかったのに……」
「お前ひとりだけでは恥ずかしいだろう」
「……」
「大丈夫か? 痒いのか?」
「いえ……」
俺は笑う。精一杯、なんでもないという顔をした。
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