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第31話

 なんとなく気まずいような空気の中、メロイダイを俺に勧めた張本人がしれっと部屋に戻って来た。彼は音もなく壁をすり抜ける。  彼は慌てて着たことでやや乱れている俺の衣服と、ぐしゃぐしゃになっているベッドのシーツ、そしてその上に座っているオルム様を見て、ふむ、とうなずいた。 「なんだ、メロイダイをひとりで試すと言っていたのに。領主を咥えこんだのか」  ――いや、そんなことしてない!  と、いつものようにつっこみそうになるが、そういうことに近しいことをしていたのは事実だ。俺はうつむく。きっといま顔が真っ赤になっている。青くなったり赤くなったり、われながら今日は忙しい。  ――エラーブルめ、オルム様が部屋から出たら覚えておけよ……!  メロイダイでとんでもない目にあった。俺は恨みを込めて彼を睨む。そして、異変に気が付いた。  いつも飄々としているエラーブルが、目を見開いていた。そして、その視線の先にいるのは――。 「オルム様?」  エラーブルがオルム様を見ている。なにかに驚いたように。そして、オルム様もまた、エラーブルを見て硬直している。――彼はエラーブルをまっすぐに見据えている。  俺はぎ、ぎ、ぎ、と機械仕掛けの人形のようにエラーブルを指さした。 「オルム様、その、この、この、変な人が、見えていたり、します……?」 「見えている……」  呆然と彼が言って、俺はひゅ、と息を飲んだ。  使用人用に宛がわれる部屋は狭い。ベッドと机を置いたらあとはもうほとんど開いている場所はない。  そんな狭い空間に俺たちは三人いた。オルム様はベッドの上、俺は床に座り込み、エラーブルはドアに半分体をうずめるようにして立っている。  先に口を開いたのはエラーブルだった。 「うまくいったようだな」  彼は俺に向かって親指を突き立てた。 「よくやった。貴様もやればできるではないか」 「ど、どういうこと……?」 「メープルの杖で領主の頭を叩いたのだろう?」 「?」  エラーブルが言っていることがわからず、俺は首をかしげる。エラーブルは肩をくすめた。 「貴様はほんとうに鳥頭だな。思い出せ。貴様は生贄の儀式で何をしたのだ」 「なにって、なんか甘い水みたいなのを飲んで、それから……」  言いながら、かつて受けた生贄の儀式が、つながっていく、俺ははたと口を閉ざした。 「メープルの樹液を舐め、メープルの杖で頭を叩く。これが眷属になるための儀式だ。あとは私が許可すれば、その者は眷属となれる」 「……ってことは……」 「これで領主は森の眷属よ」  俺は信じられなくて、首を横に振った。 「エラーブル……そのために杖を俺に……?」 「貴様に任せていたらいつまでたっても領主から聞き出せないからな」  オルム様を振り返る。彼は状況が読み込めない、といった様子で口をあけてこちらを見ている。 「お、オルム様……」 「いったい……」 「ほほほ。大成功だ」  戸惑い、困惑……。狭い部屋の中で、エラーブルだけが大喜びだ。  俺は困ってしまった。どうしたらいいかわからない。  しかし、エラーブルに「私を領主に紹介しろ」と命じられ、しぶしぶ口を開いた。 「オルム様、こいつは森の精エラーブルなんです」  予想通り、オルム様は驚く。 「森の精!?」  エラーブルが付け加える。 「ディヌプの森の主だ」 「森の主……それが、なぜ……」  それには俺が答える。 「生贄にされたときに、俺、エラーブルが見えるようになったんです。それで、ええっと、彼に指示されて俺はオルム様を眷属にしたみたいです……どうやら。俺もついさっきまで知らなかったんですけど……」  俺にはその意図はなかったことを念押しする。ほんとうに、知らなかった。そのことだけはオルム様に信じてほしい。  オルム様は眉間に皺を寄せて、黙り込んでいる。 「俺、オルム様に害を加えるつもりはほんとうになくて、杖で叩いてしまったのも、とっさのことで……というかそもそも杖で叩いたらそうなるって知らなくて……」  ぼそぼそと言うと、オルム様は苦笑した。 「わかっている。セルジュはそんなことはしない。反応を見ていればわかる。ただ、驚いてしまって……」  オルム様は小さく言った。 「エラーブル……。先祖の記録には交流があったと書いてあるが、まさかほんとうに……」  エラーブルが勢いづく。 「なら話は早い。見ての通り、私は人ならざる者だ。お前がディヌプの森を破壊する未来を見た。何をたくらんでいる?」 「ディヌプの森を破壊……?」 「そうだ」  にらみ合う二人に、俺は割り込む。 「……そっ、そんなこと、オルム様はしませんよね!」  しかし、オルム様は衝撃の一言を放った。 「……次の春には、森の木を切るつもりだ。そのことを言っているのなら、その未来は正しい」 「え?」  驚きのあまり言葉が出ない。固まる俺をよそに、オルム様は話し続ける。 「いま、どの領主も船を欲しがっている。東方へ船を派遣すれば、金に宝石に、香辛料に、絹に、それから珍しい木々も手に入る。みな船を欲しがっている」 「それって」  ディヌプの森といったい何の関係が、と言うつもりだった。しかし、俺が言うよりさきにオルム様が答えた。 「ディヌプの森に生えているオークやパインは船材に適した木材だ。いま高騰している。売らない手はない。これでシャテニエ領は一気に財を得られる」  ――彼は為政者の顔をしていた。  それはいままで俺がみたことのない顔である。  彼は続けた。 「先代は船を三隻作った。ひとつは先代を乗せて沈み、ひとつは兄を乗せてエンを目指して旅立っていまだに帰らない。船をつくるのに莫大な借金を背負っている。ディヌプの森の木は、シャテニエ領の財産で、希望だ」 「……でも」 「わかってくれ。私はエートルに借金の借用書しか残っていないような状態で領主の座を渡したいわけではないのだ。エラーブル、そなたもわかってくれるだろう? 仮に森に手をつけずにいたとしたら、シャテニエの一族は破滅する。そうなれば民はどうなる? そなたも、シャテニエの民を憎からず思ってくれているだろう?」

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