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第32話

 それからはあっという間だった。エラーブルは「そうか」とだけ言い残して消えてしまった。  オルム様も俺もぽかんとしてついさっきまで彼がいた場所を見ていた。 「寝るか」  先に口を開いたのはオルム様だった。彼は床にへたり込んだままの俺に手を伸ばすと、そのまま抱き上げてベッドに降ろした。 「えっ、あ……え!?」 「疲れただろう。私もさすがに混乱している。今日は寝よう」  オルム様も当然のように俺の隣に横になる。 「え、ここで!?」 「何か問題でも?」  問題。大ありである。  ――距離が近い! 「……ふえ」  俺は情けない声をもらした。 「なんだ、その声は」 「いや、恥ずかしいなって……」 「何をいまさら」  彼は笑う。俺の心の中に嵐が吹き荒れたことも、その嵐の末に一輪の花が咲いてしまったことも、彼は知らない。  ――もう違うんだよ。  そう。俺はもう彼を愛している。  彼の傍で添い寝をできること。それは俺にとってこの上ない幸せだった。しかし、いまは苦い。彼と同じ気持ちでないことが、苦い。  絶対に眠れないと思っていたが、毛布をかけられた瞬間に眠りについた。  目が覚めたとき、隣にはやっぱりオルム様がいて、彼が俺の寝顔を見ていた。 「おおおおおおはようございます!」  俺は飛び起きる。 「おはよう」  オルム様は平常通りである。 「体はどうだ?」  俺は全力で首を振る。 「完全に! なんとも! ないです!」 「そうか」  オルム様がまぶしすぎる。  ――眼福ぅ……!  オルム様は身を起こすと、手早く髪をまとめる。そして切れ長の目でこちらを流し見る。 「私は自分の部屋に戻るつもりだが……。――いっしょに来るか?」 「いえいえいえいえ滅相もない!」 「ふっ……。残念だ」  オルム様は手早く身支度を整えると、俺の頭を一度撫でてから出て行った。  ――撫でられちゃったよ……!  俺は簡単に舞い上がる。寝る前に苦い気持ちを抱いたことも、すっかり消え去る。  ――そう、あれはいわゆる気の迷いだな。  オルム様に恋だなんて。身の程知らずにもほどがある。いまのまま、彼のことが大好きな庭師のままでいいのだ。  俺が部屋を出ると、ちょうど隣の部屋のドアも開いた。  中からはティユルが出てくる。彼はちょっと驚いた顔をしたあと、にやりと笑った。 「おはよ。昨日は大騒ぎだったね」 「え?」  俺は首をひねる。ティユルは廊下の壁を一度叩く。ぱん、と乾いた音が廊下に落ちる。 「壁、結構うすいんだからね」  俺は引きつった笑みを浮かべた。 「……聞こえた?」 「僕はいい子だから途中で散歩に行ってやったよ」 「感謝感激……!」  その散歩とやらにはいつ行ったのか、どこまで聞いたのか、おそろしくて訊けない。俺はただただティユルに両手を合わせて拝み倒した。  そうしていると、ティユルの後ろから第三者の手が伸びて、ティユルの肩に上着を着せた。 「おい、ティユル。朝は冷えるから上着を……」  出てきたのはソールだった。彼はティユルの肩に手を置き、そしてティユルはその手の上に手を重ねる。 「ありがとう」  ティユルがソールを見る、その目。熱を孕んだような目。そして、なんだ、この空気。  ――というか、なんでティユルの部屋からソールが……!? 「え、ちょ、ちょ、どういうことだ!?」  ソールの左手はティユルの腰に宛がわれている。俺は目をひん剥いた。  ティユルはぽりぽりと頬を掻く。 「いや、昨日、セルジュが部屋で騒いでいたから、散歩に出て……ちょっとソールと会って……」 「……うむ」  ソールもティユルも頬を染め、互いに視線を合わせる。  俺は力いっぱい叫んだ。 「ええええ!?」 「うるさいぞ、セルジュ」  ソールが人差し指を立てる。  しかし俺は止まれない。 「いや、ええ!? だって、だって! びっくりするに決まっているだろ! 展開がはやすぎて……!」  ティユルは両頬に両手を当てて、恋する乙女のような顔で言った。 「愛に早すぎるも遅すぎるもないんだよ」 「いやいやいや!? 人格まで変わってないか!? なにがあったんだよ!」 「僕たち、誤解があったなって」 「誤解!?」 「やっぱり、ちゃんと話すことって大事だよね。ね? ソール?」  ティユルがかわいらしく小首をかしげてソールを見る。ソールは「むふう」といった満足顔で答える。 「俺の大地母神は、ずっとティユルだからな」  それから、二人は見つめ合う。そして、二人だけの世界に飛んで行ってしまう。  俺は二人を呆然と見つめた。 「……そ、ですか」  そう言うのが精いっぱいであった。

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