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第33話
朝食を済ませてから、ティユルとソールと別れて樹木園に向かった。
なんだか頭がはっきりとしなかった。食事を摂っている間、二人の幸せな空気にあてられてしまったようだった。
しかしぼーっとしていても仕方がないので、樹木園を回って木々に話しかけ、それぞれの要望を聞いていく。
近頃、樹木園の木々はすっかり元気になった。花をつけている木もいる。秋には実を結ぶかもしれないと思うと、いまから楽しみである。
手を動かしている間は頭の中を空にしていられる。オルム様への恋心も、ディヌプの森の危機も、いまはどこか遠いところの話のように思えた。
俺が黙々と仕事に励んでいると、エートルがやってきた。
彼は相変わらず侍女の二人を後ろに従えている。
エートルは侍女たちに椅子を運ばせていた。侍女は樹木園の真ん中に椅子を置き、エートルがそこに座った。侍女たちはさらに彼に日傘をさしてやる。
いかにも貴族、という様子でエートルは尋ねた。
「……叔父上との話はどうなった」
「えっと」
一瞬、何の話か分からなかった。しかし、すぐにオルム様に辺境伯のご令嬢とお見合いするように進言しろと命令されていたことを思い出した。
「ご令嬢とは結婚はなさらないそうです」
そう。彼は子どもをつくらないと決めているから、貴族のご令嬢とは結婚しない。彼は後継者争いが起きることを心配しているのだ。
エートルは語気を強めた。
「お前が、叔父上をたぶらかしているのか。この泥棒猫!」
「なんで毎回、言葉が悪役なんだ……この子……」
俺は額に手を当てる。まったく、将来が楽しみな子だ。
「お前が叔父上にご令嬢と結婚しないでくれとねだったんだろう!」
言い切られて、さすがに俺もむっとする。
「そんなことしていません」
「どうだか」
エートルは俺にひややかな目を向ける。俺は言い返した。
「っていうか、なんでそんなにオルム様にお見合いしてほしいんですか。本人がしたくないって言っているのに」
「叔父上のことを考えて言っているんだ」
「どうでしょうか。オルム様のほうがよっぽどあなたのことを考えていますよ」
エートルの眉が吊り上がる。
俺は慌てて「オルム様は」と切り出した。
「エートル様が大事だそうです」
虚をつかれて、エートルの顔から険が消えた。
それから、彼はあわてたようにまた傲慢な貴族の顔をつくる。
「知っている」
「俺、別にオルム様の恋人でもなんでもないですけど、なんでオルム様がご令嬢たちのお見合いを断っているのか、知っていますよ」
「なぜ」
「訊いたからです」
「……」
「ちゃんと訊いてみたことはあるんですか、どうして結婚しないんですかって」
「……」
「あと、なんであなたが領主の後継者についてどう考えているかも、オルム様は知りませんよ」
オルム様はエートルを後継者にするつもりだ。しかし、エートルはそう考えていない。そこがくいちがっているのだ。
「あなたも、オルム様のことを大事に思っているんですよね?」
俺が言うと、彼はぽつりぽつりと言った。
「大事だ。……叔父上は、働き過ぎだ。この領地のために。……叔父上は叔父上自身の幸せを考えてもいいころだと思う」
エートルの言葉を聞いて、体から力が抜けた。後継者争いとか、いろいろなことを外野は勝手に言うが、二人はこんなにもちゃんとお互いを想い合っているじゃないか。
俺は彼にオルム様が結婚を拒否していることの真相を話そうかと思って、やめた。それは二人が直接話すべき事柄だ。
「ちゃんとふたりで話した方がいいですよ。俺、最初はエートル様がちょっと嫌な子だなって思ったんですけどね。いまは、オルム様のために俺のところに突撃してきたいい子なんだってわかりますよ。それって、ちゃんとこうして話し合ったからですよね。お二人って……言葉が足りないんじゃないですか」
オルム様もオルム様だが、エートルもエートルだ。ようするに、似た者同士だ。
俺はやれやれと肩をすくめた。
エートルはうつむいて、ぽつりと言う。
「叔父上は、私のことを子ども扱いして、ちっとも話してくれない」
「でも、愛していますよ。話してくれます」
「……そうだろうか」
「そうです。俺は、ちゃんとオルム様からあなたへの愛を聞きましたよ」
「……そうか」
「行ってきてください。駄目だったら、また樹木園に来てください。俺がお力添えしますから」
たぶん、そんなものは必要ない。エートルの顔からは高慢な貴族の仮面が剥がれ落ち、年相応の子どもの表情に戻っている。
――無理してたんだろうな。
彼は椅子から立ち上がると、くるりと俺に背を向けた。そして子ども特有の軽い足音を残して走って行った。きっと、まっすぐにオルム様のもとへ行くはずだ。
俺はほっと息を吐いた。
――そう。ちゃんと話すことって大事なんだよ。
俺がもやもやを抱えていることも、全部話そう。
ティユルにも、幼いエートルにもできることだ。
俺は腹を括った。
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