35 / 41

第34話

 その夜、いつものようにオルム様は俺の部屋にやってきた。  いつもなら「オルム様、今日も尊いっ……!」と膝から崩れ落ちて彼という存在に感謝をささげるのだが、今日ばかりはそうはいかなかった。  俺たちは目が合うと、どちらからともなく照れ笑いをして、目をそらす。昨日お互いの素肌に触れてしまっていて、おまけに俺はオルム様への恋心を自覚してしまっている。それまで胸のときめきのままに行動できていたのに、いまは胸の奥がちくちくしてそれができなかった。  彼は慣れた様子で俺のベッドに腰掛けて、俺に手招きをした。手招きをうけて、俺は彼の隣に座る。ふいに肩と肩が触れて、俺の心臓は跳ねる。  オルム様はすぐに本題に入った。 「エートルから話を聞いた」 「はい」 「お前はいつも言葉不足だ」 「え」  オルム様に対して思っていたことをずばり言われて、俺は言葉を失う。 「エートルことも、エラーブルのことも、なぜ黙っていた。まっさきに私に言うべきではないか」 「そう言われてみれば……そうかも……」  ぐうう、と俺は黙る。たしかに、そうだ。言葉が足りないのは俺自身だった。 「エートル様とは、その、話せましたか?」 「当然だ。私の思いも伝えてきた。エートルはエートルで、領主の座は私と私の子が継ぐべきだと考えていたらしい」 「そうですか……」 「私は、あの子にお前以上の領主はいないと言った」 「それで、エートル様は、なんと?」 「謹んで受けします、と。シャテニエ領は自分が守るから、叔父上は叔父上の幸せを考えてください、と」  俺はオルム様の顔を見た。彼は誇らしげな顔をしている。 「知らないうちに、大人になっているものだなぁ……子どもの成長は早い。守ってやらねばならんと思っていたが、もうじきに俺など越されてしまうぞ」  噛み締めるように彼は言う。なるほど、エートルとオルム様はもうお互いをわかりあったようだった。  俺はほっとして笑った。 「そうかもしれませんね」 「おい、こら。そこはちゃんと否定しろ」 「あはは。すみません」  そこで話が途切れた。エートルとオルム様の話はこれで終わりだ。そしていよいよ俺とオルム様の話をはじめるときだ。  俺は唾を飲み込んだ。息を吐く。どこかの本に書いてあるような高尚な言葉が浮かんできた。しかし、俺はそれらの言葉を飲み込んだ。いまは自分の言葉を使いたかった。俺は自分の気持ちをゆっくりとひも解いていく。 「俺、オルム様に命を救われて、そのときに願ったんです。オルム様のお役に立ちたいって。そのときにエラーブルが現れて、オルム様の役に立てる力を与えてくれる代わりに、オルム様から森をどうするつもりか聞き出せと言われました」 「力?」 「俺、木と話せるんです」 「ああ……なるほど」 「驚かないんですか?」 「いや、むしろ合点がいった。ポプラの木も、そういうことなのだろう?」 「はい」  虫がついたポプラの木。いまはもうすっかり元気になっている。そう、その木からはじまった。 「俺、ほんとうにオルム様の役に立ちたくて」 「ああ。知っている。お前には救われた」 「俺がですか?」 「私は自分がまがいものの領主だと思っていた。エートルが成長するまでの、まがいもの」 「そんなことは……」 「そんな私でも民の命を救えた。そして、まっすぐに慕ってもらえた。お前は森の中で悩む私の手を引いてくれた。お前は私の光だ」  ――光。  そんなことを言われるとは思ってもみなくて、俺は言葉が見つからなかった。胸の奥にじんわりとあたたかさが広がっていく。 「オルム様……」  オルム様が、感動している俺の肩を抱いた。 「セルジュ。船に乗ったことはあるか」 「船、ですか? ……ないです」  俺は村から出たことがなかった。 「私はある。昔、両親に連れられて船に乗って、バーミーまで行った」 「バーミー……騎馬民族の国ですよね」 「よく知っているな」 「勉強しました」  オルム様は俺の頭をなでてくれた。それだけで頑張ってよかったと思えた。 「バーミーは一面草原なんだ」 「草原?」 「そう。どこまでも、地平線まで続く草原だ。そこで人々は羊を飼い、女たちは結婚の持参金代わりに羊を持って行く。男は馬に乗り、鷹を操って狩りをする」 「へえ……すごい。全然フラヌとは違いますね」 「ああ。世界は広い」  オルム様は言葉を切って、顔を伏せる。鈍色の髪が彼の頬にかかってその表情を隠す。 「オルム様?」 「エートルに領主の座を引き継いだら、船で旅に出ようと思っている」  俺は息を飲む。 「いまは東側はどこも情勢が安定しないが、それでもその国々が持つ文化や技術は我が国を凌ぐ。直接、この目で見て回りたいんだ。領主をやっているより、よっぽど性にあっている」  俺は胸を押さえた。  昨日自覚したばかりの恋心が、じくじくと痛み出す。  長い旅路。旅にでたら、彼はもう俺のことなど忘れてしまう気がした。  オルム様はぱっと顔をあげた。 「ついてきてくれないか」  まっすぐに、俺を見据える。彼は力強い目をしていた。 「へ?」 「いっしょに、世界を旅しないか」  俺はおずおずと尋ねる。 「そっ……それは、その、抱き枕として、ですか」  オルム様は肩をすくめて苦笑した。 「……察しの悪い奴だ」 「へっ?」  オルム様は俺の両手をとる。そして手の甲にキスをひとつ落として――。 「結婚してくれないか」  白馬の王子様が、見えた気がした。  俺はその素敵な王子様に手を引かれて、海へ――。  一拍置いて、俺は妄想の世界から舞い戻り、これが現実であることに気が付いて叫んだ。 「ええええ!?」 「なぜそれほど驚くのだ……」 「いやっ! え!?」  喜びと驚きで動揺する俺とは対照的に、彼は肩を落とした。 「私はわりと順調に仲を深めていたと思っていたのだが……落ち込むな……」 「そんな! 元気出してくださいオルム様!」 「どの口がいうのだ……」 「いやあ……とっさに。オルム様に元気でいてほしくて、つい」  頬を掻く。頬が熱い。その熱に気が付いて頬がゆるむ。  オルム様は尋ねる。 「それで? 返事は?」  俺は顔面に喜色を乗せて、力一杯に宣言した。 「愛しています、オルム様」  たぶん、あなたが想像している百倍以上。  俺はオルム様の首筋に抱き着いた。

ともだちにシェアしよう!