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第37話
パインはそれほど用途の広い木ではない。
それにはふたつの理由がある。
第一に、パインは樹皮が厚く、木材として利用できる部分が少ないからだ。樹齢の高いパインほど樹皮が厚く、切り倒すのに苦労ばかりするはめになる。
第二に、雨に濡れると腐りやすいからだ。一部の貴族の邸宅の床材としてはパインが好まれるが、絨毯を引かず、またこまめに手入れができない庶民の家の材料としてはまず選ばれない。
こうした理由でパインというのは「どんな場所でも生えていて丈夫だけど、たいしたことないよね」という木の代表格だ。
現に、いま木材不足のため木を切り倒した領地のほとんどが、頑丈で樹皮が薄く、腐りにくいオークを植林している。パインに用はない、ということなのだろう。
つまり、これだけのパイン樹液を確保できる領地はシャテニエ領だけといってもいいのだ。
エラーブルはほくそ笑んだ。
「パインを切り倒した馬鹿どもは臍を噛めばいいのだ」
パインの樹液の逆襲のはじまりである。
というわけで俺とエラーブルはディヌプの森に仮の詰め所を作って、そこに農民を集めた。保養院をつくったときと同じやり方である。農民を動員して、領地の公共事業としてパインの樹液集めを行うのだ。保養院のときと違うのは、担当者がエートルではなく、俺であるという点だ。
ちなみに、この担当者に俺がなることは自ら立候補した。――俺も逆襲のときだ。
俺は緊張しながら簡易的なお立ち台として用意された樽の上に立った。
「えーっと……」
俺は集まった農民たちを見渡す。見知った顔ばかりだ。何人かは気まずそうに顔を伏せている。この春に俺を生贄にしようとした者たちだ。
俺は腹から声を出した。
「俺は! あんたたちのことを許していなーい‼」
俺が叫ぶと、隣に控えていたソールが「え!?」という顔をした。
俺はかまわず叫ぶ。
「親がいないからって、生贄に選びやがって‼ 俺は! めちゃくちゃ怒ってるー‼ 弱いものいじめはんたーい‼」
農民たちはぽかーんと口をあけていた。俺はそれを見渡して、ふんっ! と鼻を鳴らした。エラーブルの真似をして、傲慢に。
ひとりの農民がおずおずと口を開く。
「せ、セルジュ……」
それは俺がかつて友と呼んだ男だった。隣の家に住んでいたこの男は、俺が生贄に選ばれて家から無理やり連れだされるときもその場にいた。この男は、俺をちらと見て、それから目をそらしたのだ。
「お前! 俺はいちおう友達だと思っていたんだからなー‼ なんで目をそらすんだよー! 助けろよ‼」
「セルジュ……悪かったよ。謝りたいと思ってた」
「……許さねぇよ!」
俺はどん、と足を踏み鳴らした。
悪い顔をしたエラーブルが、両手を叩く。
同時に森の木々が激しく揺れだす。
風もないのに揺れだした木々を見て、農民たちはその顔を恐怖でゆがめた。
「俺は! 生贄になって、特別な力を得たぞ!」
農民たちを悠然と見渡す。
「逆らったら、とんでもない目にあわせる」
「ひいい」という悲鳴が聞こえた。エラーブルと俺は目を合わせる。
――よしよし。いい感じ。
「いいか! この事業は! めっちゃ大事なんだ! 俺の手足になってばりばり働いてくれないと、ぜったいに許さないからな!」
俺は両手でこぶしをつくると、それを振り上げた。
「こっぴどくこき使ってやるからな! 覚悟しろよ!」
樽から飛び降り、立ち尽くす友を蹴飛ばす。
「それで、許してやるよ」
言ってから、俺はちょっとうつむいた。泣きそうだった。友は泣いていた。俺は我慢した。泣くのはまだはやい。
そうして俺は農民たちとともにパインの樹液を集めて集めて集めまくった。
俺は昼夜を問わずに彼らを馬車馬のごとくこき使った。
樹液の集め方はメープルと同じである。幹に穴をあけ、細い枝を通す。枝を伝って樹液が流れてくるから、そこに桶をひっかけておく。
パインというのは丈夫で、樹液を摂り過ぎたからといって枯れることはなく、また樹液が枯渇しても比較的短期間で復活した。俺はパインの生命力の強さに感心させらっぱなしだった。
幾日か過ぎた。その間に農民たちは手慣れてきて、パインの樹液を集める速度は飛躍的にあがった。
空いた時間で、俺は農民たちと語らった。
最初はぎこちなく、次第に打ち解けて。
俺は生贄の儀式のあとでエラーブルに会ったと彼らにうちあけた。そしてエラーブルは生贄を欲していないことも伝えた。彼らがそれをどこまで信じたのかはわからない。
しかし、俺は生贄に選ばれて悲しい思いをしたひとりの人間として、次に俺と同じような目にあう人間が生まれないようにしてやりたかった。
友はしきりに俺に謝罪していた。俺は最初はエラーブルに頼んでもう一度脅かしてやろうかと思った。
しかし、やめた。それをしたところで、もう友にはもどれない。
ただ、友としてではなく、人としてなら、許してやろうと思った。
そうして十日もすれば、無事に予定量の樹液を調達することができた。
俺は最後に「このへんで、あんたたちのことは許してやるよ」と言った。農民たちはあからさまにほっとした顔をしていた。
俺が無事にディヌプの森での仕事を終えて城に戻ると、オルム様とノワイエが待ち構えていた。
「終わったか」
オルム様は心配げに尋ねる。彼は俺が今回農民たちに何をするつもりか知っていた。
俺はうなずく。
「すっきりはしないけど、これで一区切りです」
笑って肩をすくめる。オルム様は黙って頭をなでてくれた。
――俺にはもうこんなに心強い味方がいるから。もう気にしてないんだけどね。
とは口には出さない。せっかくだ。やさしいオルム様にめいっぱい甘えておこう。
――結果的に、儀式のおかげでオルム様に出会えたんだし。
うんうん、と俺はうなずく。
許すもなにも、ないのだ。俺はとっくにもう忘れた。
甘い空気で見つめ合う俺たちの横で、ノワイエが咳ばらいをした。
「パインの樹液集めも大事だけれどもね」
「はい?」
「本の方は進んでいるかい?」
俺は顔をしかめた。まったくといってもいいほど、手をつけていない。
オルム様もノワイエに加勢する。
「そうだぞ。お前の樹木図鑑と航海日誌と冒険譚。この三冊を最初に売り出すと決めているのだからな」
「ほんとうに言ってます?」
俺は尋ねるが、オルム様もノワイエも真剣な顔だ。
オルム様は胸を張る。
「ちなみに、樹木図鑑の名前ももう決めた」
「ふええええ!?」
「緑の指、でどうだろう」
「緑の指……って、どんな植物も育てられる魔術の使い手のことですよね」
「そうだ」
オルム様はエラーブルをちらと見た。
「事実、セルジュはエラーブルと契約した魔術の使い手だったわけだから、ぴったりだろう? 農民たちも噂していたぞ。お前を怒らすと、森も怒る、と」
エラーブルは他人事のように「ほほほ」と笑った。
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