10 / 24

10.君に夢中-1

 待ち合わせは十一時、場所は大きなショッピングモールのある駅前の広場。多くの人で賑わっているのは、さすが土曜日といったところか。電車が停まる寸前で《着いたよ》とのメッセージを受け取った(たける)は、改札を出てすぐに駆けつけたかったのだが。人波に阻まれ思うように進めず、ひとつ舌を打つ。 「花村(はなむら)ー」 「あ。ちー」  けれど、数メートル先から千歳(ちとせ)の声が届いた。お互い高身長で助かった。他者より少し見晴らしのいい頭上で手を振り合い、かき分けるように進む。 「待った?」 「ううん、時間ぴったりだし全然」  昨日ぶりに顔を合わせる千歳を、尊はついまじまじと見つめてしまう。靴の先から頭へと視線を巡らせると、どこか居心地が悪そうに千歳は頬を掻いた。 「花村? そんなに見られると恥ずかしいんだけど……」 「あー、ごめん。ちーって私服そんな感じなのな」 「え。え! もしかしてダサい!?」 「は……?」  学校での千歳は制服を着崩すこともなく、近頃はセーターを着用していることが多い。陽キャのグループの中でも、きちんとしたイメージだ。今日はと言えば、ワイドのパンツにオーバーサイズのニット。ゆるめのシルエットは新鮮に映る。 「ダサくねぇよ。すげーいい。なんかかわいいな」 「かわいい!? えー、かっこいいって言われたかった……」 「うん、かっこいいかっこいい」 「気持ち入れて!?」 「ふはっ、ちーかっこいい~」 「もー。花村はめっ……ちゃかっこいいよ」 「すげーためるじゃん。ありがと」  対して尊は千歳と似たようなパンツに、トップスはビッグシルエットのスウェット。学校では控えめにしているピアスも、複数つけている。日頃のちょっと悪っぽいイメージがより強く現れたコーディネート、といったところか。 「ピアスって痛い?」 「開ける時にちょっとな。ちーは開いてないんだっけ」 「うん。でも、花村の見てたらしてみたくなったかも」 「マジか。じゃあそん時は、責任取って俺がやる」 「はは、責任」 「そう。……ん? ちー、それ見せて」  アクセサリーは好きだ。自分をきっかけに興味を持ってもらえるのが素直に嬉しく、もう一度千歳の格好に目を向けると。その手に飾られている指輪が目を引いた。千歳の左手を取り、人差し指に鈍く光るゴツゴツとしたデザインのそれをなぞる。 「このブランド、俺も好きなやつ。ピアスも何個かそうだし、ほら」 「あ……ほん、とだね」 「これもいいなって、すげー悩んだんだよな」  そう言いながら、右手の人差し指にある指輪をひらひらと振って見せる。多少値は張るが、バイトに数回入れば高校生でも手が届く。千歳もそうして購入したのだろうか。意外な共通点に緩んだ顔を上げると、なぜか千歳と視線が交わらない。 「ちー?」 「あー……」 「どした?」 「いや、手、握ってるから……」 「手? あー……照れてんの?」 「そりゃそうでしょ……」  赤い顔を誤魔化すように、千歳は人ごみの方へと目を向ける。  千歳の豊かな感情に出逢う度、その頬にキスをしてきたな。  また疼きはじめた欲に、さすがにここではまずいと目を瞑って。自身の中に芽生えているものに、尊は静かに対峙する。こんこんと溢れる“なにか”は、心臓の底に甘酸っぱい。 「あー、っと。映画行くか」 「ん、そうだね」  名残惜しさにもう一度指輪を撫で、ゆっくりと手を離して歩きだす。会話をしながらと思うと、身を寄せなければ声は届かない。それをラッキーだと思ってしまう。先ほどは恨んだ人の多さが、今だけは味方をしているみたいだ。 「ちーはクラスのヤツとかと遊んだりすんの?」 「うん、たまに」 「ふーん……」 「あは、花村変な顔。花村は? よく遊んでんの?」 「まあな。ケンスケとナベとたまに」 「ふーん……」 「え、それ俺の真似? すげージト目すんじゃん」 「はは、分かった? 花村はどうだったか分からないけど、オレは嫉妬です」 「もしかして押されてる?」 「うん、押してます」  途切れない会話が、モールまでの足取りを軽くする。映画館に行く時は、いつも前夜から待ちきれないほどなのに。そっちのけで話していたいと思うのは、尊にとって初めてのことだった。  尊が選んだ映画は、公開前から話題だったハリウッド作のミステリー映画だ。チケットを二枚発券し、千歳に一枚渡して、代金を受け取って。ドリンクをそれぞれに買って指定席に腰を下ろすと、尊はつい笑みを零してしまう。 「花村?」 「んー? いや、ミステリー好きでよかったと思って」 「…………? よく分かんないけど、オレは花村がミステリー好きって知れてよかった」 「そうなん?」 「うん。収穫」 「ふは、収穫」  上映開始前の隣同士の席で、ちいさく潜めた声で交わす会話。千歳と過ごす時間の全てが、あの日千歳がメモを置かなければ有り得なかったものだ。くり返されるそれに痺れを切らしたところで、ミステリー映画のワンシーンが過ぎらなければ、ゲームの誘いに乗らなかったかもしれない。一秒先すら未来は読めなくて、一秒後に後悔したってもう元には戻らない。千歳の勇気と自分の好奇心が交差してある今を、名探偵がここにいたらなんと名づけるのだろうか。  館内の注意事項と予告がはじまり、徐々に照明が落ちてゆく。明かりがスクリーンだけになる、その直前に尊は千歳に耳打ちをした。 「ちー、今日はありがとな」  二時間半ほどの上映を終え、シアターから出た途端、尊と千歳は顔を見合わせた。興奮した千歳の様子に、自分のことのように嬉しくなる。 「めっちゃ面白かった!」 「な。期待以上だったわ。ちー、途中泣いてたろ」 「あはは、バレてた?」 「うん。俺もあそこはぐっと来た」 「だよね! 面白いところはすげー笑ったし。映画っていいな」 「な」 「あ、オレちょっとトイレ行ってくる」 「分かった。そこで待ってる」  トイレは混んでいて、外まで列が伸びている。少し時間がかかるだろうと、尊は近くの壁にもたれかかった。たまに振り返る千歳に手を振り、シネコン内の雰囲気も味わいつつ、どうしてもつい先ほどの千歳の表情を反芻してしまう。  千歳は昨日、『花村の好きなものが観たい』と言った。甘い喜びを感じながらも、楽しんでくれるだろうかとの気がかりはあった。趣味なんて人それぞれ千差万別で、同じじゃないからと落胆なんかするものじゃない。それでも共に過ごすのだから、気に入ってくれるほうがよりいい。その淡い不安は、どうやら杞憂だったようだ。同じものを観て、泣いて笑って、感動して。感情ごと共有できたことが嬉しい。  千歳はなにが好きだろう。それこそまた同じとはならなくたって、知りたいとそう思う。千歳が戻って来たら聞いてみよう。まだまだ時間はあるのだし、遅くなった昼食を食べながら、そんな話をするのもいい。  スマートフォンを操作しながら計画を立てていると、尊の視界で華奢な靴が二足分止まった。顔を上げれば、同じ年頃の女がふたり。眉を顰めるが、誰だか分からないのは尊だけのようだ。 「あのー、花村くんだよね」 「は? 誰?」 「あ、私たち同じ高校で、隣のクラスなんだけどさ」  中学の頃のように好きだなんだと言われることは、誰とも付き合わないと噂でも立っているのか高校ではなくなった。だが、遠巻きに視線を感じることは尊にとって今も日常だ。珍しく接触してきたか。そうげんなりしたのも束の間――なにやらもじもじとしていた女が最初に声をかけてきたほうに肘で小突かれ、勇気を振り絞ったように顔を上げた。 「あの、三上(みかみ)くんと一緒、だよね? さっき見かけて」 「…………」  なるほど、と尊は瞬時に理解する。この女は千歳に気があるらしい。自分へ向けられる好意以上に、それは尊の心を重たくした。今日の千歳は俺のものなのに、と。 「えっと……よかったら四人で遊ばないかな、と思って。どう、かな」 「はあ……」  そんなの、答えはノー以外にない。尊の吐く大きなため息にふたりはびくりと肩を跳ねたが、それでも引き下がる気はないようだ。  千歳が今ここに戻ってきたら、同じような誘いを真正面から受けたら。きっと、いや絶対。千歳は「そうしよう」と笑うに違いない。顔の広い千歳のことだから、隣のクラスの人間とも面識があるだろう。それなら尚のことだ。  一秒でも早く退散してもらうしかない。もしくは、一旦ここから去って撒いてしまおうか。もたれかけていた背を上げ、けれど一歩遅かったようで千歳が戻ってきてしまった。「花村~」と遠くから呼びかけてくれる声は、出来ればこの耳に大事に染みこませたかった。 「あ……あれ?」 「三上くん! こんにちは、偶然だね」 「あ、うん、ほんと偶然だね! え、っと。遊びに来てるの?」 「うん、私たちふたりでブラブラしてて。この後四人でどうかなって、花村くんにお願いしてたところなんだ」 「そう、なんだ」  四人で遊ぶくらいなら帰ってしまいたい。だが、このふたりだけが知る千歳の時間が、今日生まれるのは悔しい。きっと酷い顔をしている。様子を窺ってくる千歳から顔を背け、尊はまた深いため息をつく。千歳が「じゃあそうしよう」と頷く、そんな見たくもない瞬間をただただ待つしかなかった。  だが、尊の予想は大きく外れることになる。いよいよ女たちに背を向けた尊の腕を、千歳が掴んだ。 「ちー? どうし……」 「お、オレたち! 今日はふたりで遊んでるから! ごめん!」 「え……でも、四人で遊んだらもっと楽しいかもしれないし……ね?」 「……うん、そうだね。でも、ごめん。じゃあ、また学校で! 花村、行こ」 「あ、ちょっと! 三上くん!」  食い下がる女たちの声がまるで聞こえていないかのように、千歳は走り出す。尊も腕を引かれるがままに、千歳の後ろに続く。ごったがえすショッピングモールを、人波を縫うように走り抜ける。途中、千歳が振り返って笑った。尊の存在を確かめるようにして細く弧を描いた瞳が、パチパチとまぶしい。  途切れてしまう息は走っているからか、それとも千歳の紅潮した頬が見えたからか。尊は判断がつかない。

ともだちにシェアしよう!