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11.君に夢中-2

「はあっ、ここまで来れば大丈夫かな」  モールから外へと出て、裏手に向かった。人通りのほぼない生垣の影へ、千歳がしゃがみこむ。腕ではなくいつの間にか繋がれていた手を引かれ、尊も隣へと並んだ。 「ちーお前……ああいうの断ったりすんの、苦手じゃねえの」 「あー……バレてた?」 「うん」 「なんか、中学くらいからそういうの、どんどん苦手になっちゃって。はは、初めて断ったかも。すっげー緊張した」 「……よかったのかよ」 「うん。今日は絶対、花村とふたりでいたかったから。花村がいてくれたから、できた」 「…………」  昨日の呼び方の件もそうだが、様々な好意を千歳は無下にできない。それを知るのに、ゲームの期間は十分だった。言えばいいのにと勝手に歯痒く思って、時に苛立って。それでも千歳を形成する一部なのだと、納得していたけれど。  そんな千歳が誘いを断った。ふたりでいたかったからと。それができたのは花村がいてくれたからだと、打破した自身を清々しそうに笑っている。  胸が詰まるような、少し気を緩めれば泣いてしまいそうな。覚えのない感覚が、尊のからだを駆け巡る。  繋いだままの手をするりと撫でられ、まだ整わない呼吸に肩を上下させながら。この感情をなんと呼ぶのか、観念するかのように尊は思い知る。先走っていた鼓動に、やっと心が追いついたみたいだ。 「ちー」 「んー?」 「なあ、次はいつ告ってくれんの?」 「は……? っ、え!? は、花村、なに言っ……」 「俺、もう返事していい?」 「え、なんで……」 「なあ、ちー……頼む」 「い、嫌だ。まだ聞きたくない……」  そうと分かれば、早く言ってしまいたくなった。あの日お預けにされた返事は、その場で答えていたらきっと違うものだっただろう。でも今は、赤く熟している。  ――なのに。千歳はそれを拒んだ。不特定多数の好意は、全部受け止めるくせに。花村が好きだ、と言ったのに。返事をさせてくれない千歳は、その横顔を曇らせる。 「なんで? 俺、分かりやすいと思うけど。だめ?」 「…………」  身勝手に好きだと言うこともできるが、先にアクションを起こしてくれた千歳の気持ちを大事にしたい。尊は千歳が再び告白してくれるのを待つしかできないのだ。それなのに。  今にも顔を伏せてしまいそうな千歳からは、先へと進めてくれる気配を感じられない。まさか、振られると思っているのだろうか。この期に及んで。  もどかしさに、尊はくちびるに歯を立てる。待ってやりたい――それ以上に、千歳から求められたい。  だが、その気にさせておいて、宙ぶらりんに放置されて。良い子でいてやる気もさらさらなかった。 「ふーん。あっそ。分かった」 「……ごめん」 「分かったけど。もうちょっとこのままな」 「……え?」  手を離すと寂しそうな目を上げた千歳に、ぐっと顔を近づける。意識を全部奪ってやろうと、酷くゆっくりと再び指を絡ませた。 「っ、花村……」 「いや?」 「……嫌じゃない。嫌じゃない、けど……」 「ちー、こっち向いて」 「へ……あっ」  指を緩めて、閉じこめるようにまたきゅっと力を入れて。それをくり返しながら、尊はもう何度目かの頬へのキスをする。少し風に冷えていて、けれどからだの内側からすぐに千歳の熱がやってくる。震えるまつげの先で瞳が潤んで、しがみつくように握り返される手。恋人だと錯覚するような触れ合いに、尊は夢中になった。  恋をするとこんな気持ちになるのか。今までの人生全てが嘘だったみたいに、この瞬間だけが喜びのようで、それでいて喪失感がすぐに追いかけてくる。切なくて、だからやめられなくて。今度は千歳のくちびるギリギリのところへ、齧りつくようにキスをする。 「は、あ……っ、花村……」 「っ、ちー……」  このまま、くちびるにもキスしてしまいたい。口の中まで暴いて、千歳の心を引きずり出してしまいたい。今すぐ欲しいと言ってくれ。  暴力的なまでの欲求を、けれど尊はどうにか振り切った。名残惜しさにもう一度、頬にキスをする。落ち着け落ち着け、と深呼吸をひとつして、千歳の前髪にもぐるように額を擦りつけた。  千歳が好きだ。だがここまでしてもなにも言わない千歳は、今この先へ踏み出す気はやはりないのだろう。腹が立って、悔しくて――でもそれと同じくらい、そんな千歳ごと大事にしたいとも思う。  気持ちを切り替えるようにハッと大きく息を吐き、空を見上げる。そうだ、大事にしたい。だけどわがままを言うなら、恋人にはまだなれなくても、もっとしっかり千歳の特別だと感じたい。  今はまだ立ち上がる気力もなく、どうしたものかとふうと息をついた時。握り直した手の中で、なにかがコツンとぶつかった。  そうだ、これだ。 「ちーがまだ言いたくないのは分かった」 「……ごめん」 「いや、いい。でも一個、お願いがある」 「お願い?」  繋いでいる手を持ち上げて、ふたりの間でゆらゆらと揺らしてみせる。そこに光るのは、たまたま同じブランドだった、デザインの違うそれぞれの指輪だ。 「俺がしてる指輪、ちー的にはどう? 好き?」 「え? う、うん、好きだよ。さっきは言いそびれたけど、オレも実はそれと悩んでた」 「マジ? じゃあさ……交換しねえ?」 「っ、え?」  一瞬でも離れるのが寂しいけれど手を解いて、尊は指輪を外した。それを手のひらに転がし、「ん」と千歳の目の前に差し出す。 「指輪交換」 「指輪交換……」 「いつか返すんでいいからさ、ちーのもの持っときたくなったっつうか。そんな感じ。だめ?」 「っ、だめじゃない。え、めっちゃ嬉しい……けど、いいの?」 「俺がしたいっつってんの。もう決まりな。ほら、ちーも外せ」 「う、うん」  まだ目を丸くしながらも、千歳も自身の指輪を外した。どうぞと渡されそうになるのを受け取らず、左手を差し出す。 「ちーがつけて」 「え!?」 「俺は右につけんのが好きだけど、ちーのだからちーの真似して左がいい。ん」 「えー、っと……」 「あ……もしかして、結婚式みたいだーとか思ってんだろ」 「っ、思っ……! ちゃうに決まってんじゃん~!」 「はは、かーわいい。なあ、早く」 「うう、分かった」  千歳の赤い顔を、こんなに近くで見ることができた。それだけでもう今日は充分な気さえしながら、尊は指輪が嵌められるのを待った。恭しく添えられた片手が本当に結婚式みたいで、それをくすぐったく感じつつその瞬間を迎える。慣れない左手への指輪は存在感も大きく、千歳のものだとより感じられる。それがすごくいい。しばらく眺めてから、今度は千歳の手を取る。 「ちーはどっちにする?」 「……オレも、花村の真似する」 「じゃあ右手出して」  差し出された右手を取り、人差し指の節をひと撫でする。ぴくんと指先が跳ねるのを見たら、またキスをしたくなった。それをどうにか押しこめながら、先ほどまで自分の手にあった指輪をゆっくりと千歳の指に通す。 「サイズも一緒みたいだな」 「うん。……うわー、花村の指輪だ」  ふたり横に並んで、それぞれに手を空へと翳す。太陽を弾いた光が交差して、尊と千歳に射している。 「なんかこれ、ドキドキするわ」 「うん、オレも……」  ぎゅっと握って、また翳して。手を顔に近づけたと思ったら、遠くに伸ばしてまた眺める。そんな千歳がまぶしくて、胸がきゅうと音を立てる。  想いはまだ結べそうにない。けれど、今日という日にたくさんの千歳の表情を見られた。好きなものを共有して、たくさん触れて。今はきっとこれでいい。  そう思えるのは、確かなものをひとつ見つけられたからだ。今日が終わっても、この気持ちは続いていく。恋なんて知らなかったのに、千歳への恋心がはっきりと尊の中に存在している。だからゆっくりでいい、千歳のペースを待ってやりたい。もはや降参と言えるのかもしれない。 「あーあ」 「…………? 花村?」 「いや、今日すげー最高と思って」 「ほんと? オレも!」 「な」  好きだと気づいたばかりのはずなのに。自分という人間が変わったと思えるくらい、千歳に夢中だ。

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