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17.君に夢中Ⅱ

 通常なら十分程度の道を、急いで帰ったのに。見慣れた景色はもどかしく、何倍もの時間がかかったような気がする。  千歳(ちとせ)の自室に入り、どちらからともなく手を繋ぐ。上がっている息に今更気がついて、それでも抱きしめ合おうとした時。待ったをかけたのは、(たける)のほうだった。 「ええ、花村(はなむら)~」  踏み出すことに躊躇っていたのが嘘みたいに、千歳がくちびるを尖らせる。身勝手とも言えるそれは愛おしく、尊はわざと千歳と目を合わせたまま自身のシャツへと指をかけた。途端に千歳があわあわと取り乱しはじめる。 「え、なに!?」  閉めたことなど一度も覚えのない、いちばん上のボタン。その下のボタンをゆっくりと外す。唖然としていた千歳が、生唾をごくりと飲みこむ。それに気分を良くしながら、ネックレスを摘まみ上げた。 「……あ、それ」 「エロいこと考えたろ?」 「なっ! そんなこと! あるけど……」 「はは、素直」  ネックレスを首から外し、そこに通していた指輪を千歳の手に乗せる。それから左手を「ん」と差し出す。 「ちーがつけて」 「うん……え、もしかしていつも首にさげてたの?」 「ちーが家ではずっとつけてるって聞いて、それから」 「……球技大会の後も?」 「うん」 「そうだったんだ……」  感極まっている千歳は、尊の指をそろそろと撫でる。その間に、尊は千歳のデスクへと手を伸ばした。 「ほら、ちーも」 「うん」  千歳の右手に指輪を嵌め、そのまままた手を繋いだ。お互いの手の中で指輪がぶつかる感覚は、交換をした日以来だ。なんだか心にまでくすぐったい。 「じゃあ続きな」 「はは、なんかムードないね」 「ムードより大事なもんがあんだろ。ん」  抱きしめられたくて、尊は両腕を広げる。さっきは待ったをかけてしまったから、そこからやり直したかった。顔をくしゃっと歪ませた千歳が腕の中に飛びこんでくる。抱きしめ返し、千歳の首に鼻を擦りつける。 「オレ、世界一幸せかも」 「俺も。ちーあったけー、なんか力抜ける」 「花村はまだちょっと冷えてる」  千歳の背中を撫でると、同じように背中をさすられる。体温が溶け合う感覚にふたりで息を吐き、どちらからともなく額を合わせる。 「ちー、ここ」 「花村……」  トントンとくちびるを示し、学校の階段下へと時間を巻き戻す。邪魔するものはもうなにもない、やっとキスしてもらえる。そう思ったのに。近づいてきたくちびるは、もうほんの数センチしか距離がない、というところで止まってしまった。  ああもう。腹立たしいほど心をかき乱される。この期に及んで怖気づく千歳が焦れったくて、その頬を両手で挟みこむ。 「ちー、俺すげーお利口にしてたと思うんだけど」 「……え?」 「返事すんなって言われたから、好きになってもずっと待ってた」 「花村……」 「だからさ、ご褒美あってもよくね?」 「……ご褒美」  不機嫌に尖るくちびるを自覚している。千歳の前ではどうにも子どもみたいになってしまう。でも、そんな自分まで愛してもらわなきゃ困る。千歳の恋が、こんな風にしたのだから。 「すげー待ったから。好きって言われんのも、キスすんのも。だからなんつーか……そういうの、ちーからされたい」 「っ……」 「なあ、早く」 「花村……っ」  眉をぎゅっと寄せた千歳が、ぶつけるようにキスをしてきた。不格好で、それこそムードなんてなくて、けれどそれが堪らない。すぐに離れて、今度は柔らかなキスをする。 「花村、好き、だいすき」 「っ、ちー、あ、俺も」  ああ、待ってよかった。好きだと叫びたくなっても、強引にキスしたくなっても。それでも耐えたのは『なにも言わないで聞いててほしい』と言った千歳を守るためで、千歳から欲しがられたい己のためでもあった。箍が外れたように好きだとくり返す千歳が、尊を満たす。もどかしかった日も、離れていた日々も報われる。  あんなに躊躇していたのが嘘みたいに、何度も角度を変え、キスをくり返す。そうしてくちびるが同じ温度に溶け合いはじめた頃。甘い吐息をもらすと、背中を掻き抱かれた。求められる喜びに、腰が崩れ落ちる。ふたりで床に座りこんで、千歳が鼻を啜って、それに尊も続いて。再び指を絡めながら、千歳の首にすり寄った。 「ちーのこういう顔、俺しか知らねえんだよな」 「こういう、って?」 「えろい顔」 「っ、えろい顔……」 「なあ、もっとしたい」 「あっ」  腹の深いところから、果てしなく欲は湧いてくる。膝を立て、半ば乗り上げるようにして今度は尊からキスをする。恋なんて、とすら思っていたのだから、全ての感情が眩しいくらいに鮮やかだ。欲しがってもらえたら、自分からも届けたくなるらしい。片手で腰を抱き留められ、千歳もキスに夢中な様子にくらくらする。もっと千歳を感じたくて、濡れた舌を差し出す。もう、と千歳がらしくない悪態をついて、髪の中に指が入ってきた。吸われる舌がぴりぴりと痺れる。  ああなんで、こんなに触れ合っているのに寂しいのだろう。もっともっと近くにいきたい。眩んだ頭でもっとキスを深くした時――体がぶつかって、そこで初めて気がついた。いつの間にか、制服の下がきつく張り詰めている。ふたりとも、だ。  肩を跳ねた千歳が、一心に尊のそこを見つめてくる。そんな目をされると、触れられたくなってしまう。尊はそこをぐっと押しつける。 「あっ、は、花村」 「どうする?」 「どうする、って……どうもしないよ!? だってそんなの、早すぎる」  やっと今日、想いを繋げられたばかりだ。千歳の言わんとすることはよく分かる。だが尊にも、言い分はある。 「俺は百年待った気分だけど」 「ええ……じゃあオレは、五百年片想いしてたってこと?」 「……ふ、それはそうだな」 「あは」  だが予想外の返しに、思わず笑ってしまった。この流れでも笑い合える関係が心地いい。でもそれでも、もうひと押しさせてほしい。 「なあ、どっちもガチガチだけど」 「それは……」  じりじりと後ずさりをする千歳を、同じスピードで追う。背中がデスクにぶつかり、千歳はいよいよ逃げ場を失った。 「触んのイヤ?」 「っ、嫌なわけ、ないじゃん」  少し怒ったような千歳の顔に、腰が甘く疼いた。こんな顔は俺にだけ、と思うと堪らない。そのまま腰を擦りつける。ゆらゆらと体を揺らして、耳元でささやく。 「ちー……ちーに、触ってほしい」 「もう……っ!」  腰を両手で掴まれ、千歳が下から突き上げてきた。からだも表情もその動きも、興奮を伝えてくる。制服の薄い布越しの感覚が、溶けそうなほどに熱い。 「っ、ちー、は、あ」 「くっ、花村、これやばい」 「ちー、パンツ汚れる……なあ、ティッシュ、ちー、んっ」  ティッシュを取ろうと、千歳が後ろを向く。自分が頼んだことなのに、数秒でも放っておかれるのが許せない。こみ上げる切なさを紛らわすように、千歳のベルトに手を伸ばす。 「あっ、こら花村」 「でも脱がすしかねえだろ」 「っ、そうだけど~……」  千歳は困ったように言うけれど、尊の手を振り払いはしない。じっと見られているだけで呼吸は上がり、すぐそこに見える予感に千歳を急かす。 「ちー、俺の脱がして」 「っ、な……」 「早く。もう俺、すぐイきそう」 「っ!」  情けないと思う暇もない。限界を告げると、それは千歳を煽ったようだ。尊のベルトに千歳の手が伸びてきて、尊より早くそこを寛げた。すぐに下着の中まで指が入ってきて、触れられた感覚で濡れているのが分かる。 「あっ、ちー、やばい」 「花村、花村」  首筋にくちづけられ、下着の中ではとめどなく弄られて。今にも果ててしまいそうで、尊も急いで千歳の下着に手を突っこんだ。熱くて硬くて、濡れている。ああ、やばい。自分のせいで、千歳がこんなに淫らになっているのだ。 「ちー、は、あ、もう出る、ちー……んんっ!」 「花村っ、オレも、く……っ!」  ぶるぶると震えた後、弛緩したからだをくったりと預け合う。乱れたままの湿った呼吸が肌にぶつかる。自分でねだったのに、顔を見せるのがどうにも恥ずかしい。それでも千歳の顔を見たくて首をもたげたると、同じようにこちらを向いた千歳と目が合った。その頬は赤く染まっていて、ああまた好きになってしまったと、尊は丸く息を吐いた。  周りに散らばっていたティッシュで手を拭き、衣服を整えて。どことなくぎこちない動きで、ベッドを背もたれに腰を下ろした。外はもう暗い。帰らなければと思うのだが、どうにも離れがたかった。 「ちー」 「んー?」 「ちー」 「はは、なに?」 「なんでも」  ベッドに頭を預け、千歳をじいっと見つめる。すると、照れくさそうに笑ってくれる。指を絡ませると、引いていた赤がまた千歳の頬に咲く。かわいいな、と思っていると、花村顔赤いよと言われてしまった。どうやら、ふたりして同じ顔をしていたようだ。 「花村とこうなれて……夢みたいな気分」 「うん」 「ありがとう」 「俺もありがとな」 「花村も?」 「うん。そもそもちーが変なゲームはじめなかったら、こんな今なかったし」 「変なゲーム……」 「変だろ。いやそれは置いといて、マジでさ。じゃなかったらちーのこと好きになってなかったのかもって思うと……不思議な感じする」 「……それって良かった?」 「はあ? 当たり前」  なにを憂いた顔をする必要があるだろう。男同士だとか、なにか難しいことでも考えているのだろうか。尊に満ちるのは幸福ばかりで、それをもたらしたのは他でもない千歳なのに。  全く、心配性な恋人だ。それすらもかわいいのだけれど。千歳の鼻をきゅっとつまむ。笑ってくれたことにひと安心しながら、千歳の肩に顎を乗せる。 「なあ、ちー。そんな顔するくらいなら、責任取って俺を大事にしろ」 「責任?」 「俺、恋愛とかどうでもいいと思ってたから。でもそうじゃなくなったのは、誰のせいだ?」 「……オレ」 「そう。だから責任重大だな」 「はは、そっか。うん。大事にするよ、絶対」 「よし。まあ俺も負けないけどな」  思えば、あっという間に恋に落ちた。突然見舞われたようで、その実千歳にはずっと前から募った想いがあって。お互いに嫌われていると思いこんでいた期間さえ、この今に繋がるのなら悪くないとすら思える。 「そうだ、ちー」 「ん?」 「コッペに会いたい」 「はは、分かった。呼んでくるね」  これからどんな日々が待っているのだろう。初めてだから見えなくて、だけどそれもまたいい。それでもひとつだけ分かっていることがある。 「コッペ~。久しぶりだな。ちー、コッペ抱っこして」 「え、オレが?」 「うん、ちーとコッペのツーショ欲しい」 「あ、オレも! 花村とコッペの欲しい!」  落ちてしまったこの恋に、千歳に――きっとずっと夢中だということだ。

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