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23.甘い夜-2
その後の勤務時間はほぼ上の空で過ごしてしまい、尊は記憶が定かではない。ただ、不思議と平日にしては売上げがよかった。帰り際、そんな顔できんなら毎日彼氏に会え、と椎名に言われた。意味は分からなかったが、言われなくともできるものならそうしたい。
「ちーって行動力あるよな」
「そうかな」
「うん。マジビビった」
「……困った?」
「すげー嬉しかった」
すっかり暮れた街を走る、大勢の人々を乗せた電車。扉のそばに立って、小さな声で交わす会話はどこか浮足立っている。
勤務時間を終えて店を飛び出したら、千歳は店の前に立っていた。手には買い物袋をいくつか持っていて、ふたり分の下着も買ってきたと言うから驚いた。そして今は、手を引かれ飛び乗った電車に揺られ続けているところだ。尊の勤務中、近くのカフェでお茶をしながら千歳が押さえたという宿は、隣県の海の近くにあるらしい。
人当たりがよくて、クラスの人気者。笑顔でなんでも引き受け首を縦に振りながら、その実本音は違うところにあったりする。それでいて大胆な行動、こうと決めたらやり通す意志の強さ。それから、自分にだけ見せてくれる怒った顔や照れた顔。色々な千歳を知っているつもりだったが、急きょ泊りがけで出かけることになるなんて、今日は本当に驚いた。これから先も何度だって、こうして新しい千歳に出逢えたらいい。
何度か乗り換えた電車は、海沿いへとふたりを運んだ。一緒に検索して見つけた、ファミリーレストランで夕食。そして千歳に連れられるまま着いたのは、こじんまりとしたペンションだった。予約した三上 です、と告げた千歳に鍵が渡され、二階へと上がる。入室するとそこは、ダブルベッドがひとつのちいさな部屋だった。思わず立ち止まると、扉が閉まった音の後、後ろからそっと抱きしめられた。
明日までの時間をくれと言われた時、外泊すると分かった時。いよいよだろうと予感はしたけれど。急に実感が湧いてきて、声が上擦る。
今日、このベッドで千歳に抱かれるのだ。
「花村」
「っ、ちー……あ、ここの代金いくらだ? バイトしてるし、俺が出す」
「いらない、オレが誘ったんだし。お年玉とか貯めるタイプだったから、平気」
「いや、でも」
「花村」
甘い声で遮って、うなじにそっと歯を立てられる。それだけでもう、崩れ落ちそうになったのに。千歳はどうやら、手加減する気はないようだ。
「今日、したい」
「っ、あ」
「いい?」
「ちー、なあ待って」
「やだ、もうたくさん待った」
「……っ!」
それは俺の台詞だ! そう叫びたいのに、確かにそのはずなのに。千歳も待ち望んでいたという事実を改めて差し出され、堪らなくなった。振り返って齧りつくようにキスをして、ふたりでベッドへなだれこむ。見上げた先の瞳は潤んでいる。
「ふ、泣き虫」
「だって……」
「うん。俺も泣きそう」
「花村……好き、大好き」
「ちー……」
「いっぱい触りたい」
「ん、俺も」
何度もキスをしながら、服を脱がせ合う。初めて見る肌も、千歳の言葉ひとつひとつすらも刺激的で、頭がくらくらする。
絡める舌に息が上がり、すっかり勃ち上がったそこがぶつかる。このまま何度か擦りつけ合えば、すぐに果ててしまいそうだ。だが、欲しいのはそれじゃない。
「ちー、こっち」
「っ、うん……」
手を取って後ろに導くと、千歳の喉がごくりと鳴った。用意してきたらしいローションを出して、ゆっくりと指を一本埋められる。
「痛くない?」
「んっ、平気」
「本当に?」
「うん」
遠慮がちな指が、探りながら侵入してくる。呼吸を落ち着け、千歳の髪に手を滑らせる。ある一点に指が当たると、尊のからだは跳ね上がった。
「んっ! ……あ? なに……あ、なんで」
「……花村?」
「自分では全然、気持ちよくなかった、のにっ!」
「っ、なにそれ……自分で後ろ触ってたの?」
「あっ、でも、こんなんじゃ、んあ」
千歳に抱かれたいのだと気づいてから、何度か自分で触れたことがある。ここ最近はきっともうすぐだと期待して、スムーズにいくようにと丹念に解してみたりした。それでも、快感を得たことは一度もなかったのに。千歳の指の動きに合わせて、跳ねる腰が止められない。
「ちーっ、は、あ」
「気持ちいいの?」
「んっ! そこ、やばい」
「ここ? 花村かわいい」
「ひっ、ちー、もういい、早く、なあ」
「痛くしたくないからまだだよ」
「でも……あっ、前はだめだ、そんなんすぐイく、から!」
「いいよ」
「あ……っ!」
駄目だと言ったのに、扱くのを止めてもらえずあっけなく果ててしまった。くちびるを塞がれ、うわ言のように尊を呼んでいる。力が抜けて重たい腕で、千歳を引き寄せる。
「バカちー……」
「ん、花村……好き」
今までは仕掛けてもはぐらかされるばかりだったから、積極的な千歳は新鮮で翻弄される。キスをして再び中を解しながらも、もう片手は体中を這っていて、尊の声が少しでも上擦ればそこを熱心に愛されてしまう。耳の中、首筋、腰、胸元でちいさく主張している赤いところ。優しい男の内側には、欲望に忠実な一面が隠れていたらしい。こんな千歳は自分しか知らないのだ。誰も知らない自分だって、千歳にもっと差し出したい。
「ちー、なあ、早く挿れろよ」
「っ、でも」
「もういいから、早く」
「……っ、もう!」
律義にゴムをつけて、硬い熱が宛がわれる。それだけで尊のからだは期待に震えた。跳ね返そうとしてしまう肌に、それでも押しこまれていく圧迫感。だらしなく濡れた声が、お互いの喉からこぼれる。
「ほんとはもっと、優しくしたかったのに」
「うん」
「っ、花村のこと、いっぱい気持ちよくしてから、って思ってたのに」
「うん、もうすげーきもちいい」
「花村あ、だめ、なのに、止まんないっ」
「んっ……ちー、だめじゃない、ほしかったから、うれしい、ちー、あっ」
「……っ」
くちびるをぎりぎりと噛んで、千歳は汗を振り乱す。埋められてゆく体内がただでさえ気持ちいいのに、その表情が尊の性感を一気に引き上げる。堪らず足を絡ませて奥をねだると、眉をぐっと寄せながら強く突かれた。感じたことのない幸福感に、こめかみへと涙がこぼれ落ちる。
「ちー、やばい、きもちいい」
「うん、うん、オレも、オレも気持ちいいよ」
抱きしめあって、汗ばんだからだがお互いにぴったりと貼りつく。まだ躊躇いが残る様子で、それでも我慢が利かないという風に揺すられるのがひどくいい。千歳の頭を抱きこんで、涙まじりの千歳の声を絶え間なく聞いて、千歳の律動で跳ねる甘ったるい自分の声。欲しかったものが、千歳の気持ちが一心に注がれている。
「あっ、ちー、もうイく……ちー、ちーっ」
「オレももう……花村、一緒がいい」
「はあっ、ちー! んん――……っ!」
「く――……っ!」
一緒をねだる千歳は、タイミングを合わせるためにと、きつく張りつめた先に手のひらを当てて責め立てた。電流が走るような快感に反らした背を、ぎゅうっと強く抱きしめられる。乱れた呼吸を整えることもできないまま、くったりと倒れこんできた千歳を抱き止める。
「花村……」
「ん……」
「大好き、だいすき」
「俺も……すげー好き」
啄むようなキスをして、千歳がゆっくり起き上がろうとした。気怠い足を引っかけて、それを引き止める。
「花村……?」
離れるなんて許すものか。やっと抱いてもらえて、やっとこの腹の中で千歳を愛せたというのに。
「そんなすぐ抜くなよ」
「っ、無理だよ」
「なんで」
「またしたくなっちゃうじゃん」
「うん」
「……花村あ、反則だって」
観念したようにぼすんと落ちてくる、愛しいからだを受け止める。つい今まで瞳の奥に欲を宿す男だったのに、首にすり寄ってくる仕草は甘えたな猫のようだ。
耳の下にキスをされ、首筋に齧りついて返す。くすくすと笑いながら、繋いだ手の中では指輪が音を立てる。この夜のすべてが、とろけそうに甘美だ。
「ちー」
「んー?」
「俺、ご褒美になったか?」
「ご褒美……ふふ、うん。すごく」
「じゃあもっとやる」
「っ、だから反則だよ」
「でももう元気になってきたじゃん。なあ」
くんと腰を揺らすと、千歳のくちびるが悔しそうに尖ったので舐めてみる。途端に眇められた熱っぽい目が、尊を映す。
「……花村に一個、お願いがある」
「んー?」
「……尊」
「っ、あ……?」
「ん、中ぎゅってなった」
「お、まえ……ちーこそ反則」
「うん。でもずっと呼びたかった。ねえ尊、もっかいしよ」
「ん……いっぱいほしい」
むせかえるような甘い空気にこっそりと涙を啜る。手放したくない夜、仰々しく誓わなくとも光り続ける希望が見える。
ずっと夢中でいられる恋が、からだを熱く巡っている。
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