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22.甘い夜-1

 正直なところ、抱かれたいと宣言したことで、近いうちにするかもしれないと淡い期待があった。寂しさと興奮とにあんなに千歳(ちとせ)も高揚していたから、時間を縫って会える日が一日くらいあるかも、と思ったのだ。  だが千歳は拍車がかかったように、よりいっそう勉強に励むようになった。会わないと寂しいし不安だし、もっと一緒にいたい。だけど、だからこそ(たける)をご褒美に頑張れる――とのことらしい。普通、人を褒美にするか? と口にはしつつ、その実千歳にとっての褒美になれるのは満更でもない。  決めたことはやり通す、千歳の意志の強さは並々ならぬものがある。だから尊が何度メモを捨てようと引かなかったし、絶対に諦めたくないと強い瞳で言われた。そんなところに絆されたんだよなと、尊も見守ることに徹している。  そうは言ったって、やはり寂しいものは寂しい。さすがに受験の日を終えたら会える、と思っていたのだが。大詰めも切り抜けた二月下旬、試験を終えた千歳は、それでもまだだと会おうとはしなかった。合格発表までは気が抜けないから、とのことだ。結果が分かるまで落ち着かないのだろうと理解はできても、早く会いたいと思わずにはいられない。  だが、もう数日の辛抱だ。ここまで耐えたのだからなんてことはない。むしろ、待てば待っただけ幸福感は上がるかもしれない。そう言って見せると、最早ドMだな、と椎名(しいな)には笑われてしまった。返す言葉もない。  卒業式。絶対これからも遊ぼうな! と泣きながら抱きついてきたのはケンスケとナベ。山田(やまだ)真野(まの)にはすっかり仲のいい友人認定されていて、気安く肩を組まれため息を吐きつつ写真を撮った。千歳は人気者の実力をこれでもかと発揮していて、同級生のみならず下級生にもひっきりなしに囲まれ、忙しそうに過ごしていた。その人波がやっとのことで過ぎた後、屋上や例の階段下と、思い出の場所をふたりで巡った。尊にとっての高校生活は、やはり千歳の存在が多くを占める。ありがとうと言うと千歳は泣いて、しょっぱいキスで三年間を締めくくった。  ちなみにこの日も千歳はまだ駄目だと放課後を一緒に過ごそうとせず、あまりの頑固さに尊は吹き出して笑った。    そうして迎えた合格発表の当日。尊は今日も今日とて、アクセサリーショップに出勤している。発表は十四時だと聞いているが、朝からそわそわと落ち着かない。  昼の休憩を終え、店頭に立ってついに迎えた十四時。平日の昼間で、客がほぼいないのはラッキーだ。だが、ポケットに忍ばせているスマートフォンは、一向に震えはしない。まあ、まずは親に連絡するところだろう。電話で話しこんでいるのかもしれない。そんな風に自分を納得させたまま、十五時を過ぎてしまった。 「尊、彼氏から連絡来た?」 「それが……まだっす」  待ち受け画面を見られてしまった日から、椎名にはよく話を聞いてもらうようになっていた。今日が千歳の合格発表だということも知っている。こっそりと尋ねてくれた先輩に、尊は青ざめた顔で首を振った。  信じている、千歳は絶対に合格すると信じている。それでもこの空白の時間は地獄のようだ。尊ですらこうなのだから、当の本人は今日この日までどれだけ苦しかったか。だが大丈夫だ、あんなに頑張っていたのだから。  冷静になるため、ショーケースの中の指輪を取り出し、磨きながら深呼吸をする。そんな尊の腕を、椎名が肘で小突いてきた。 「おい、尊」 「なんすか? これ終わったらちゃんとそっちもやりますよ」 「そうじゃなくて。あそこ、あれ」 「はあ。分かりました、向こうもっすね」 「違えよ。なあ尊、あれお前の彼氏じゃねえ?」 「……え?」 「あそこ。あのイケメン」  お前の彼氏、の言葉に弾かれたように顔を上げる。椎名が指で示しているのは店の外で、そこには確かに千歳の姿があった。息を切らしてこちらを窺っている。 「っ、ちー! あ、あの椎名さん!」 「おうおう、行ってやれ。こっちは平気だから」 「あざす!」  頭を下げ、上げきる前に尊は走り出す。たった数メートルが歯がゆい。店の外に大急ぎで飛び出る。 「ちー!」 「花村(はなむら)! 仕事中にごめん! 連絡しようと思ったんだけど、じっとしてられなくて」 「おう……えっと、それで」  結果はどうだった? そう聞きたいのに、喉に引っかかって出てきてくれない。心臓がドコドコとうるさくなってきた。走ってきたのか千歳も苦しそうに胸を上下させていて、だが次の瞬間、その顔に笑顔が花開いた。 「受かった! 受かったよ花村!」 「……っ!」  感極まった尊は、千歳の首にしがみつく。興奮のままに髪をかき混ぜると、千歳も尊の背を強く抱きしめる。 「すげえよちー、おめでとう!」 「うん、ありがとう!」 「頑張ったもんな、すげー頑張ってた」 「っ、ありがとう~」  涙声の千歳に引きずられるように、尊も鼻を啜る。千歳を讃えるためなら人目も気にならない。良かった良かった、と腕を解けずにいると、千歳がどこか絞り出すように囁きはじめる。 「あのさ、花村」 「ん?」 「バイト終わるの、待ってていい?」 「いいけど……今日は十八時までだからまだかかるぞ」 「うん、大丈夫。それでさ、明日は休みだよね?」 「うん」 「……えっと」  途切れた言葉に瞳を覗く。なにかを言い淀む様子に、両頬を包んで促す。千歳の気持ちはいつだってちゃんと聞きたい、こんな日は特に。待っていると、こくんと喉を鳴らした千歳が意を決したように口を開いた。 「今日、から明日まで。花村の時間をオレにください」

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