18 / 23
第18話 ピヨピヨ豆のクリーム煮
次の日、湫憂が訪ねてきた。
供え終わった御饌の短冊を眺めて、湫憂が唖然としていた。
「この数をたった一人で、しかも一日で作ったのですか?」
「一人じゃないですよ。白瞑が手伝ってくれました」
晴は白瞑と顔を合わせた。二人で笑い合う。
「これは、参りましたね。正直、無理だろうと思っていました。しかも、二人でやり遂げるとは」
晴は準備していた御饌を出した。
「湫憂様にも、御饌を準備しました。ピヨピヨ豆のクリーム煮です。良かったら召し上がってください」
湫憂が薄い目を見開いた。
「私は短冊を出していませんよ」
「けど、前回の御饌から十日以上経っていますよね。神力が弱っちゃうんじゃないかと思って」
秋の神の御饌を作ったのはかなり前だ。十日どころか二十日以上、経っている。
「神々の御饌の注文を、覚えているのですか? それに私の好む御饌まで」
「短冊を保管していました。それで、大体の好みを把握しています。いつくらいに短冊が降ってきたかも、覚えています」
湫憂が口を開けて呆けた。
「君は、優秀な御厨守ですね」
晴の胸が、トクンと高鳴った。こんな風に褒められるのは、白瞑以外では初めてだ。
「あ、ありがとうございます」
照れた心持で、ぺこりと頭を下げた。湫憂が、小さく笑んだ。
「折角の好意です。有難くいただきます」
湫憂がスープを匙で掬うと、一口頬張った。
「……うん、君の御饌は優しい味がします。本当に美味しいです」
湫憂が感嘆を滲ませる。
晴の胸に嬉しさが込み上げた。耳がピンと立って、尻尾がフルフル揺れる。
「喜んでいただけて、嬉しいです! ありがとうございます」
嬉しくて、思わず隣にいる白瞑の手を握った。白瞑も微笑んでくれた。
「君たちは仲良しですね。まるで伴侶のようなのだから、なってしまえばいいのに」
湫憂が、ちらりと白瞑を眺める。
「何より晴が大切だから、今じゃないんだよ」
白瞑が当然のように言いきる。
「柔軟に見えて頑固者ですね、白瞑は」
呆れたように、湫憂が零した。
「あ、あの……湫憂様。実は、お願いがあります。僕に神世で御厨守を続けさせてください!」
額がテーブルにつく勢いで、晴は頭を下げた。
「私からもお願いするよ」
白瞑も一緒に頭を下げる。
「よしてください、頭を上げて。そう言い出すだろうと思っていました」
「……え?」
晴と白瞑は同時に頭を上げた。
「あれだけの短冊を一日で作るくらいです。晴は御厨守のお務めが好きなのでしょう?」
「はい、大好きです」
晴はしっかりと頷いた。
「今の時点で白瞑の伴侶にならないのなら、妥当な判断でしょう。このままでは新しい御厨守は送られてきません。晴もいつ神世を出されるか、わかりませんからね」
「僕、出されちゃうんですか?」
不安な気持ちで問い掛ける。
「そんなことには、ならないよ」
白瞑が間髪入れずに返事した。
「絶対とは言えません。伴侶候補として神世に入れるのは、伴侶になると決まっている者だけです。本来なら伴侶候補という立場で神世にいられる期間は、とても短いのですよ」
「そうなんですね」
湫憂の言葉に説得力があり過ぎて、不安になる。
「けれど、晴が私の屋敷で御饌を作れば、問題ないだろう。御厨守も続けられるし、役割にもなる」
「役割?」
白瞑の言葉に、晴は首を傾げた。
「神世では、どの神も眷属も役割を持ち、お務めを果たします。晴が御厨守をするのであれば、役割を果たすことにはなりますね」
「つまり、伴侶候補でも追い出されないってことだよ」
湫憂の説明に、白瞑が補足してくれて、理解できた。
「ギリギリのこじ付けですけどね」
湫憂の一言が、胸にざっくりと刺さる。
「それに、私の一存では決められませんよ。四季の神と日の神、月の神が満場一致で合意しなければいけません」
「それは、わかっている。湫憂は合意してくれるだろう?」
白瞑が前のめりに問いただす。難しい顔をしていた湫憂が、息を吐いた。
「昨日、無理を強いたのは私ですから。私は合意しましょう。他の神の合意は、自分たちで説得して取りなさい」
晴の気持ちが、ぱっと明るくなった。
「はい! 頑張ります」
「ありがとう、湫憂」
明るい表情で礼を言う白瞑とは裏腹に、湫憂は憂い顔だ。
「今の立場の晴を、他の四季の間に出すわけにもいきません。それぞれの神に、白瞑の屋敷に来訪してもらいましょう」
隣の白瞑の顔が険しくなった。
「勿論、冬の神にも来てもらいますよ。いいですね、白瞑」
「……わかっているよ」
白瞑の声が、やけに小さい。
(そういえば、昨日の短冊も、白瞑は隠していたような)
気になる書き方だった冬の神の短冊を、他の神の短冊に紛れ込ませていたように見えた。
(冬の神様と、何かあるのかな)
気になって、晴は白瞑の袖を引いた。
「大丈夫だよ、ごめんね」
白瞑が微笑む。その笑みが、いつもより陰って見えた。
「詳細な日程については後日、報せを飛ばします。晴が神世で御厨守を続ける正式な合意を得るまでの間は、ここで御饌を作ってください」
「いいんですか?」
晴は身を乗り出した。
「止められないお務めです。合議の間だけは、秋の神の権限で許します。ただし、長い期間は持ちませんよ。ひと月の間で、神々の合意を得なさい」
湫憂の視線は白瞑に向いていた。
「わかった。助かるよ。ありがとう、湫憂」
白瞑の顔を眺めて、湫憂が息を吐いた。
「本当に困った子ですよ、お前は」
湫憂が苦笑する。最後の一匙を啜って、スープの皿を置いた。
「御馳走さまです、晴」
「お粗末さまでした」
晴はぺこりと頭を下げた。
「君の御饌は、元気が出ますね。今までにない、特別な御饌です」
「そうなんですか?」
自分では、よくわからない。御厨守は一人で仕事をする。入れ違いの赴任なので、比べようもない。
(でも、確かに今までの御饌って、あまり凝った料理は供えていなかった)
狭間で読んでいた御厨守の本を思い出した。
「皆も、そう感じています。晴のファンは沢山いますよ。気を付けてくださいね」
「はぁ……気を付ける?」
湫憂の言葉の意味が解らなくて、晴は首を傾げた。
「湫憂、あまり晴を脅さないで」
「私から言えるのは、この程度ですよ。お前も気を付けなさい、白瞑」
「わかってる。充分、気を付けるよ」
そう言った白瞑の顔は、険しかった。
「特別……」
空になったスープ皿を見詰めて、晴はその言葉を繰り返した。
ともだちにシェアしよう!

