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第18話 ピヨピヨ豆のクリーム煮

 次の日、湫憂が訪ねてきた。  供え終わった御饌の短冊を眺めて、湫憂が唖然としていた。 「この数をたった一人で、しかも一日で作ったのですか?」 「一人じゃないですよ。白瞑が手伝ってくれました」  晴は白瞑と顔を合わせた。二人で笑い合う。 「これは、参りましたね。正直、無理だろうと思っていました。しかも、二人でやり遂げるとは」  晴は準備していた御饌を出した。 「湫憂様にも、御饌を準備しました。ピヨピヨ豆のクリーム煮です。良かったら召し上がってください」  湫憂が薄い目を見開いた。 「私は短冊を出していませんよ」 「けど、前回の御饌から十日以上経っていますよね。神力が弱っちゃうんじゃないかと思って」  秋の神の御饌を作ったのはかなり前だ。十日どころか二十日以上、経っている。 「神々の御饌の注文を、覚えているのですか? それに私の好む御饌まで」 「短冊を保管していました。それで、大体の好みを把握しています。いつくらいに短冊が降ってきたかも、覚えています」  湫憂が口を開けて呆けた。 「君は、優秀な御厨守ですね」  晴の胸が、トクンと高鳴った。こんな風に褒められるのは、白瞑以外では初めてだ。 「あ、ありがとうございます」  照れた心持で、ぺこりと頭を下げた。湫憂が、小さく笑んだ。 「折角の好意です。有難くいただきます」  湫憂がスープを匙で掬うと、一口頬張った。 「……うん、君の御饌は優しい味がします。本当に美味しいです」  湫憂が感嘆を滲ませる。  晴の胸に嬉しさが込み上げた。耳がピンと立って、尻尾がフルフル揺れる。 「喜んでいただけて、嬉しいです! ありがとうございます」  嬉しくて、思わず隣にいる白瞑の手を握った。白瞑も微笑んでくれた。 「君たちは仲良しですね。まるで伴侶のようなのだから、なってしまえばいいのに」  湫憂が、ちらりと白瞑を眺める。 「何より晴が大切だから、今じゃないんだよ」  白瞑が当然のように言いきる。 「柔軟に見えて頑固者ですね、白瞑は」  呆れたように、湫憂が零した。 「あ、あの……湫憂様。実は、お願いがあります。僕に神世で御厨守を続けさせてください!」  額がテーブルにつく勢いで、晴は頭を下げた。 「私からもお願いするよ」  白瞑も一緒に頭を下げる。 「よしてください、頭を上げて。そう言い出すだろうと思っていました」 「……え?」  晴と白瞑は同時に頭を上げた。 「あれだけの短冊を一日で作るくらいです。晴は御厨守のお務めが好きなのでしょう?」 「はい、大好きです」  晴はしっかりと頷いた。 「今の時点で白瞑の伴侶にならないのなら、妥当な判断でしょう。このままでは新しい御厨守は送られてきません。晴もいつ神世を出されるか、わかりませんからね」 「僕、出されちゃうんですか?」  不安な気持ちで問い掛ける。 「そんなことには、ならないよ」  白瞑が間髪入れずに返事した。 「絶対とは言えません。伴侶候補として神世に入れるのは、伴侶になると決まっている者だけです。本来なら伴侶候補という立場で神世にいられる期間は、とても短いのですよ」 「そうなんですね」  湫憂の言葉に説得力があり過ぎて、不安になる。 「けれど、晴が私の屋敷で御饌を作れば、問題ないだろう。御厨守も続けられるし、役割にもなる」 「役割?」  白瞑の言葉に、晴は首を傾げた。 「神世では、どの神も眷属も役割を持ち、お務めを果たします。晴が御厨守をするのであれば、役割を果たすことにはなりますね」 「つまり、伴侶候補でも追い出されないってことだよ」  湫憂の説明に、白瞑が補足してくれて、理解できた。 「ギリギリのこじ付けですけどね」  湫憂の一言が、胸にざっくりと刺さる。 「それに、私の一存では決められませんよ。四季の神と日の神、月の神が満場一致で合意しなければいけません」 「それは、わかっている。湫憂は合意してくれるだろう?」  白瞑が前のめりに問いただす。難しい顔をしていた湫憂が、息を吐いた。 「昨日、無理を強いたのは私ですから。私は合意しましょう。他の神の合意は、自分たちで説得して取りなさい」  晴の気持ちが、ぱっと明るくなった。 「はい! 頑張ります」 「ありがとう、湫憂」  明るい表情で礼を言う白瞑とは裏腹に、湫憂は憂い顔だ。 「今の立場の晴を、他の四季の間に出すわけにもいきません。それぞれの神に、白瞑の屋敷に来訪してもらいましょう」  隣の白瞑の顔が険しくなった。 「勿論、冬の神にも来てもらいますよ。いいですね、白瞑」 「……わかっているよ」  白瞑の声が、やけに小さい。 (そういえば、昨日の短冊も、白瞑は隠していたような)  気になる書き方だった冬の神の短冊を、他の神の短冊に紛れ込ませていたように見えた。 (冬の神様と、何かあるのかな)  気になって、晴は白瞑の袖を引いた。 「大丈夫だよ、ごめんね」  白瞑が微笑む。その笑みが、いつもより陰って見えた。 「詳細な日程については後日、報せを飛ばします。晴が神世で御厨守を続ける正式な合意を得るまでの間は、ここで御饌を作ってください」 「いいんですか?」  晴は身を乗り出した。 「止められないお務めです。合議の間だけは、秋の神の権限で許します。ただし、長い期間は持ちませんよ。ひと月の間で、神々の合意を得なさい」  湫憂の視線は白瞑に向いていた。 「わかった。助かるよ。ありがとう、湫憂」  白瞑の顔を眺めて、湫憂が息を吐いた。 「本当に困った子ですよ、お前は」  湫憂が苦笑する。最後の一匙を啜って、スープの皿を置いた。 「御馳走さまです、晴」 「お粗末さまでした」  晴はぺこりと頭を下げた。 「君の御饌は、元気が出ますね。今までにない、特別な御饌です」 「そうなんですか?」  自分では、よくわからない。御厨守は一人で仕事をする。入れ違いの赴任なので、比べようもない。 (でも、確かに今までの御饌って、あまり凝った料理は供えていなかった)  狭間で読んでいた御厨守の本を思い出した。 「皆も、そう感じています。晴のファンは沢山いますよ。気を付けてくださいね」 「はぁ……気を付ける?」  湫憂の言葉の意味が解らなくて、晴は首を傾げた。 「湫憂、あまり晴を脅さないで」 「私から言えるのは、この程度ですよ。お前も気を付けなさい、白瞑」 「わかってる。充分、気を付けるよ」  そう言った白瞑の顔は、険しかった。 「特別……」  空になったスープ皿を見詰めて、晴はその言葉を繰り返した。

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