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第17話 フワフワ雲のカフェオレ
空が茜に色付き始めた頃、ようやく御饌の供えが終わった。
「川の神の元へ」
最後の御饌を白瞑が送り届ける。
「終わったぁ」
晴はその場に座り込んだ。
「お疲れ様、晴」
「えへへ、さすがに疲れた」
白瞑が手を差し出す。その手を握って、晴は立ち上がった。
「白瞑も、お疲れ様でした。ありがとう、一人じゃ無理だった」
「私は晴が動きやすいように、ほんの少し助けただけだよ」
晴は窓の外を眺めた。
「もう夕暮れだ。白瞑のお勤めの刻限だよ」
「そうだね。私は縁側にいるけど、晴はゆっくり休んで」
晴は台所をきょろきょろと見回した。
「先に行っていて。お茶を淹れていくから」
「疲れているだろ、無理しなくていいよ」
晴はブンブンと首を振った。
「とびきり美味しいの、淹れるから。一緒にお茶しながら、僕も空を見上げたい」
白瞑が微笑んだ。
「わかった。じゃぁ、待っているね」
「うん!」
縁側に出る白瞑を見送ると、晴は早速、お茶の準備をした。
(白瞑は、全体的に薄味が好きなんだよね。甘味も飲み物も、甘すぎるのは苦手)
カフェオレに花の蜜を一匙と、フワフワの綿あめ雲をトッピングする。それを持って、縁側に急いだ。
「お待たせ、白瞑……」
縁側に白瞑の姿を見付けた晴は、声を潜めた。
黄昏に照らされる白瞑の横顔が儚くて、物悲しく映ったからだ。
(今までずっと、こうやって一人で夕暮れを守ってきたんだ)
白瞑がどんな気持ちだったか、晴にはわからない。なのに、どうしようもない感情が込み上げた。
(この気持ちって、何だろう。今すぐ隣に行きたいのに、もう少し見ていたい)
自分の矛盾した気持ちの正体が、わからない。
白瞑が、晴の姿を見付けた。こちらを向いた白瞑が、晴に向かって笑った。
(あ……溶ける)
込み上げてきた感情が溶けて、自分の中に沁み込んだ。晴の足が、自然と白瞑に向かった。
「カフェオレを淹れたよ」
「フワフワ雲だ。可愛いね」
白瞑が嬉しそうにカフェオレを飲んだ。
「疲れているから、いつもよりちょっと甘めだよ」
「うん、ちょうどいい。美味しいよ」
白瞑の笑顔が、晴の心に溶ける。
(一緒にいたい、もっと、ずっと)
空を見上げる白瞑の横顔が、美しい。自然とそう思えた。
「白瞑、あのね」
「うん?」
空から目を離さずに、白瞑が返事した。
「僕、神世で御厨守を続けたい。今日みたいに、白瞑の御屋敷で御饌を作るのは、ダメかな」
白瞑と一緒にいるため今の晴にできることは、それしかないと思った。白瞑の目が、空の雲を追う。
「そうだね。それがいいかもしれない」
夕の茜を吸い込んだ瞳が、晴に向いた。
「けど、勝手には決められないんだ」
「そうなの? 今日みたいには、できないの?」
また湫憂に相談したりするべきなんだろうか。
「今日は緊急事態だったから、湫憂の許しだけで動けたけど。神世で新しいことを始めるには、神々の合意が必要なんだ。四季の神々と日の神、月の神。全員の合意が要る」
「そうなんだね」
そんなにたくさんの神様の許しがないとできないのなら、難しいのだろうか。晴の耳が、シュンと寝た。
「湫憂に相談してみよう。明日以降、話をしに来ると思うから」
ピクリと、狸の耳が起き上がった。
「相談、していいの?」
「晴にその気があるなら神世で御厨守を続けて欲しいと、私も思っていたんだ。皆の合意も、もらえると思う」
晴は、白瞑を見詰めた。
「僕ね、白瞑とずっと一緒にいたいよ。この気持ちだけで伴侶になっちゃ、いけないの?」
白瞑が眉を下げて笑った。
「湫憂に言われたこと、気にしてる?」
図星を突かれて、晴は俯いた。
「だって、白瞑が叱られちゃったら、嫌だから」
白瞑の指が、晴の鼻の頭を、ちょんと押した。
「そういう気持ちの内は、ダメ」
「どういう気持ちなら、いいの?」
「それは……晴が自分で見付けないと、意味がないよ」
白瞑の返事が、ちょっと意地悪だ。晴は俯いたまま考え込んだ。
「よいしょ……っと」
白瞑が晴に身を寄せた。触れた指先を、白瞑の手が包み込んだ。
「こうして晴が隣にいてくれるだけで、私は幸せだよ。一緒にいたいと思って、その為に努力してくれるだけで、充分……今はね」
「でも、御厨守の許しが、もらえなかったら」
もし、神世で御饌を作る合意をもらえなければ、晴は狭間に戻されるかもしれない。
「離れるくらいなら、伴侶になっちゃったほうが……気持ちは、後からでも見付けられるかも」
「ダメだよ」
白瞑が、はっきりと言いきった。
「伴侶になったら、死ぬまで離れられない。解消もできない。後悔しても遅いんだ」
晴は息を飲んだ。
「そこで、後悔しないって即答できないなら、今は決めないほうがいいよ」
白瞑が悲しそうに笑う。胸が痛くて、苦しい。
(離れたら後悔するって、即答できるもん)
そう思っても、言葉にできなかった。
空の茜が夜の群青に飲まれる。フワフワ雲の綿あめは、いつの間にかカフェオレに蕩けてなくなっていた。
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