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第16話 神世で御厨守のお仕事

 台所に入った晴は、短冊を見ながら食材を確認した。 「短冊の数がいっぱいだから、食材が足りないかも」  晴は頭を捻らせた。狭間にいた時は、神世から食材が送られてきていた。ここだと、白瞑が揃えてくれた物だけだ。 「狭間にいた時は、小鳥さんが鍵を持ってきてくれて、葛籠の中にたくさん食材が入っていたんだけど」 「私が食材を調達するよ」 「白瞑が揃えてくれるの?」  白瞑が、くるくると指を回した。 「御厨守である晴が注文書を書けば、ここに届くよ。鍵を持つ小鳥を、私が屋敷に誘導する」  言われてみれば、注文書はサインを書いた時点で空気に溶けて消えていた。 「そっか。じゃぁ、急いで書くね」  晴は台所の食糧庫に入っている食材と、短冊を見比べた。短冊を確認しながら大体の食材を紙に記入していく。最後にサインを書くと、いつものように注文書が浮き上がって空気に溶けた。 「それじゃ、私は小鳥を探してくるね」  注文書を見届けた白瞑が台所の出口に向かった。 「ここに在る分でも、いくつか作れそう。僕は御饌を作り始めるね」 「うん、頑張って」  白瞑の腕が伸びて来て、晴の頭を撫でた。 「大変な思いをさせて、ごめんね。私がちゃんとしておくべきだった」  白瞑の声が切なさを帯びている。晴の胸が、きゅっと締まった。 (僕もちゃんと考えなかったから。白瞑だけが悪いわけじゃない。白瞑に辛い思いさせたくない)  本当は、今すぐに伴侶の契りをすれば良かったのだろうか。けれどまだ、晴は心を決められない。そんな晴の心に白瞑も気付いている。 (離れたくないって、一緒にいたいって思うのに。まだ、伴侶になるって言えないんだ)  そんな自分がじれったくて、もどかしい。 (ダメダメ! 今は御饌を作ることに集中しなきゃ)  フルフルと頭を振って、思考を切り替えた。 「白瞑のせいじゃないよ。僕……ちゃんと考えて、お返事するからね」  この気持ちのまま伴侶になると返事をしても、白瞑は喜ばない。今の晴にできる精一杯の返事だった。 「待っているよ」  白瞑が、晴の髪に口付ける。 「それじゃ、行ってくるね」 「いってらっしゃい」  白瞑が台所を出て行った。 「よし、頑張ろう」  改めて、晴は短冊に向き合った。 「えっと……日の神様のお日様大豆のミートパイ、春の神様の菜の花と光茸の天ぷら、夏の神様は海色オレンジのパチパチジュレ……この辺りはできそう。あとは……」  短冊と照らし合わせて、晴は料理を作り始めた。  小一時間ほど経って、白瞑が戻ってきた。 「食材、持ってきたよ」  白瞑の後ろを大きな葛籠がぴょんぴょん跳ねながら付いてくる。 「ありがとう、白瞑!」  白瞑から鍵を受け取る。 「もうかなりの御饌ができたね」  作り上がった御饌を、白瞑が感心して眺めた。 「そうなんだけど、どうやって届けよう」  白瞑の屋敷には、神々の祠はない。届ける手段がない。 「私が届けるよ。短冊はある?」 「うん、これだよ」  御饌の短冊を渡す。 「大豆ミートパイは、日の神だね」  白瞑の手から茜色の神力が流れ出した。 「日の神の元へ」  茜色の神力が柱になって料理を包む。光の中で、料理が消えた。 「すごい! 神々の祠の光みたい!」 「空はどの季節の間にも繋がっているからね」  白瞑の神力が夕焼けみたいで、晴はうっとりと見惚れた。 (とっても綺麗な神力だったなぁ。白瞑の神力は、強くて優しい)  見惚れているうちに、他の御饌も同じようにして白瞑が届けてくれた。 (いけない。僕もちゃんと自分の仕事をしなくちゃ)  白瞑が食材を届けている間に、葛籠を開ける。 「お魚とお肉は冷蔵庫です。粉は戸棚で、お米はそっちの米櫃です。野菜は野菜棚にお願いします」  指さしながら指示すると、食材が自分から収まっていく。 「よし、短冊はあと半分くらいだ。頑張ろう!」  たくさんの短冊に埋もれている、一枚の短冊が目に留まった。手に取って、じっと見詰めた。 「送り終えたよ。晴、どうしたの?」 「ありがとう。あのね、ちょっと気になったんだ」  白瞑に短冊を見せた。 『温かい御饌なら、何でもいい 冬の神』  白瞑が短冊を覗き込んだ。 「冬の神の注文は、いつもこんな感じなの?」 「ううん。冬の神様は前から煮込みうどんとかお鍋の注文が多かったけど。何でもいいって書いてあるのは初めてだよ」  ぶっきらぼうな書き方は、怒っているようにも読める。白瞑が考える顔をした。 「御饌が届かなくて、神力が弱っているからかな」 「でも、これ一枚しかないよ」  何枚も催促して待ちくたびれている感じでもない。 「基本的に神は毎日、食事をしなくても平気だからね。十日に一回か二回、御饌を食せば足りる。前回は何日くらい前だったか、覚えている?」 「少なくとも十日以上だけど……十二日前とかかな?」  白瞑と神世に上がる直前に、湯豆腐を送った覚えがある。 「じゃぁ、考えるのが面倒だっただけかな」  白瞑が首を捻った。 「そうなら、いいんだけど」  何となく、晴の心に引っ掛かった。 (冬の神様、いつもはこんな感じじゃないよね。書き方がナゲヤリで、心が荒れている感じがする。何か、あったんじゃ……)  晴の手から、白瞑が短冊を取った。 「他にも短冊はあるし、作っちゃおうか」  白瞑が冬の神の短冊を他の短冊に紛れさせた。まるで隠すような仕草に見えた。 (あれ……? 白瞑、冬の神様の短冊をあんまり見たくない?)  気になったが、それ以上に山盛りの短冊が気になった。他にも作る御饌がたくさんある。晴の意識は別の短冊に向いた。 「よーし、作ろう!」 「作るのも手伝うよ」  白瞑がエプロンを締めた。晴と色違いでお揃いだ。エプロンをしている姿が、ちょっと可愛い。 「狭間で、二人で御饌を作っていた時みたいだね」 「そうだね。あの時も楽しかった」 「うん、僕も……あれ?」  唐突に、さっきの白瞑の言葉が気になった。 「どうしたの?」  振り返った白瞑を、晴はじっと見詰めた。 「神様は、十日に一回くらいの食事で足りるの?」 「そうだね。神力を維持するなら、それくらい。神様によるけど、おやつの御饌を欲しがる神もいたりするよ」  神様からデザートの注文は多い。好みはそれぞれだ。晴が気になったのは、そこではなくて。 「白瞑は、毎日御饌を頼んでいた時期があったよね。お腹空いていたの?」  晴は首を傾げた。白瞑が、ビクリと肩を震わせた。 「そう、だね。あれは……お腹が空いていたんじゃなくて、その……晴と短冊で、話がしたかった、から」  白瞑の耳が茜色に染まる。ふわりと、晴の胸が舞い上がった。 「僕も白瞑とお話できるの、楽しかったよ。短冊、大事に壁に貼ってあるんだ」 「うん、知ってるよ。見たから」 「あれ? そうなの? あ、そっか」  そういえば、シーツを変えたりして部屋に入っていたから、その時に見付けたのかもしれない。 「白瞑と交わした短冊は特別で、僕の宝物なんだ。あれだけ、神世に持ってきたいな」  白瞑が晴の頭を撫でた。狸の耳をひたすらムニムニする。 「え? え? どうしたの?」  くすぐったくて、変な感じだ。白瞑が、晴の顔を胸に抱いた。 「晴、可愛い」  白瞑の言葉に実感がこもっている。  強く胸に抱かれて、動けない。晴はしばらく白瞑に抱きしめられていた。

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