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第24話 パリパリ鴨と湯葉のお鍋
持ってきた魔動コンロの上に鍋を置く。
鍋の中に全部詰め込んで作ってきたので、火を付ければ完了だ。
「今日はパリパリ鴨と厚巻湯葉のお鍋です。氷魚様はおうどんも好きですよね。煮汁をいっぱい吸うように、下のほうに入れてあります。かつおだしベースであっさりめです」
あっさりと薄味が好きな氷魚のための鍋だ。
(白瞑も薄味が好きなんだよね。二人で一緒に食べたりも、していたのかな)
喧嘩する前は、一緒だったのかもしれない。
(僕のせいかな。どうして二人とも、僕のことを好きになってくれたんだろう)
もし自分のせいで仲良しの二人が仲違いしたのなら、胸が痛い。
ちらりと氷魚を窺う。キラキラした瞳が鍋を見詰めていた。
(聞きたいけど、氷魚様がお鍋を楽しみにしてくれているから。今は、御饌に集中しよう)
今は氷魚に喜んでもらうことだけを考えて、鍋を支度した。
「晴は、俺の好みをよく覚えているな」
「はい……短冊を取ってあるので」
「氷魚だけじゃないよ。晴は神々の好みを大体全部、把握しているよ」
白瞑が割って入った。
キラキラしていた目が鋭くなって、氷魚が白瞑を睨んだ。
「私は晴と一緒に御饌を作っているから、わかるんだ」
白瞑が自慢げだ。普段は見ない顔だと思った。
「晴はすごい。白瞑はすごくない」
氷魚が吐き捨てた。白瞑が氷魚を睨んでいる。
苦笑いしながら、晴は鍋を取り分けた。
「見た目も美しい。出汁の香りもいい」
氷魚がしみじみと零した。
「いただきます」
三人で手を併せて箸を持つ。
汁を啜った氷魚が頷いた。
「あぁ……いいな。晴の御饌は優しい味がする」
「そうだね」
白瞑が素直に同意する。二人が黙々と鍋を食べ始めた。
(静かに食べてくれているけど、話し始めたらまた喧嘩しちゃうかな)
そんな二人をハラハラしながら晴は見守った。
「ねぇ、氷魚」
白瞑が静かに呼びかけた。
「なんだ」
「晴のどこに惹かれたの?」
氷魚が目を上げた。白瞑は、静かに鍋を食べている。
「それを言うなら、お前だって……いや、そうだな。互いに気持ちを話し合って、晴に判定してもらうのも、いいかもな」
「は、判定? 僕が、ですか?」
晴はたじろいだ。神様の気持ちなんて、判定できるものではない。まして、自分に向いている気持ちを判定なんて、できない。
「聞いてくれるだけでも、いいんだ。私は、氷魚の気持ちが知りたい」
白瞑が、晴に優しく笑いかけた。
(そっか。こういう話を二人は今まで、ちゃんとできていなかったんだ)
白瞑は、晴をきっかけに疎遠になった友の本音を確かめたいのかもしれない。そういうことなら、力になりたい。
「わかりました。が、頑張ります」
判定なんて大それたことができるかわからないが、聞くことなら晴にもできる。だから頷いた。
「じゃぁ、俺からだ。一目惚れ、以上だ」
「却下」
晴が判定するまでもなく、白瞑が氷魚の言葉を取り下げた。
「どうしてお前が却下する。俺は晴に話しているんだ」
「全然、伝わらないよ。もっとわかりやすく話してよ」
また二人が睨み合った。
「あの……僕も、もう少し詳しく知りたいです」
白瞑の知りたいと思っている氷魚の気持ちは、詳しく話してもらわないとわからない。
「詳しくなぁ。晴がそう言うなら、話すか。晴はいつも、食事に短冊を添えてくれるだろ」
「御饌の献立ですね」
たしかに、御饌の一品一品に添えて神世に上げていた。
「献立だけじゃない。一言、言葉をくれるだろ。あれが嬉しかったんだ」
氷魚が、ふわりと笑った。
(笑うと優しい。さっきまで冷たい表情だったのに)
あどけない表情に、気持ちが緩む。
「俺は冬の神で、冬の間は、常に雪か氷に閉ざされている。神ですら、来られる者は限られる。寒さも淋しさも感じないけれど、御饌だけは温かいほうがいい。晴の言葉は、心まで温かくしてくれるよ」
氷魚の言葉が柔らかい。晴の胸が、温まった。
「そんな風に言っていただくと、僕のほうが御褒美をもらったみたいです」
当たり前にしてきたことが、誰かの心を温めていたのだとしたら、嬉しい。
「そういう顔が、可愛いな」
氷魚が晴の頭を撫でた。その手を白瞑が払い除けた。
「まだ伴侶じゃないんだ。白瞑の晴じゃないんだぞ。お前もさっさと気持ちを話せ」
白瞑をじっとり睨みながら、払い除けられた手を氷魚がスリスリする。橋を取って鴨をパクリとした。
「私も、同じだよ。氷魚と同じだ」
白瞑の目が、晴に向いた。
「昼と夜のあわいで、一人でお務めをこなす私には、晴との短冊は特別なやり取りだったよ。もっと晴を知りたいと、自然と思っていたよ」
白瞑とのこれまでの関わりを、晴は思い返した。
(短冊でやり取りして、神世から落ちてきた白瞑と出会って。あの時には白瞑は、僕を想ってくれていたんだ)
胸が、きゅっと締まった。
「同じじゃ、判定できないか」
氷魚が考える顔をした。
「それじゃ、晴が俺の屋敷で暮らす。というのは、どうだ?」
「は? なにそれ。勝手すぎる提案だけど」
白瞑の眉間の皺が深くなった。
「白瞑ばかり晴と過ごすのは不公平だろ。白瞑と過ごしたのと同じ分だけ俺と過ごして、その上で判定してもらうんだ」
うどんを啜りながら、氷魚が力説する。
「そんなの、私は合意できない。それに、晴だって……ん?」
白瞑が不自然に言葉を止めた。二人の視線が晴の手に集まる。
気が付いたら、白瞑の袖をぎゅっと掴んでいた。
「あ……えっと、僕、その……」
言葉が、無意識で出た。
「白瞑と、一緒に……いたいです」
ぎゅっと目を瞑る。白瞑の袖を掴む手に、温もりを感じた。目を開けたら、白瞑が晴の手を握ってくれていた。
「私も、晴と共にいたいよ」
白瞑が柔らかく微笑んだ。晴が知っている、いつもの白瞑だ。安心と同時に、胸の奥が甘く締まった。
「はぁ、先に出会った奴は狡いな」
氷魚が、深いため息を吐いた。鍋はすっかり食べ終わったようだ。
「判定は、私でいいかな」
白瞑がニコニコと氷魚に問い掛ける。氷魚がじっとりと白瞑をねめつけた。
「俺は認めてないからな。まだ正式な伴侶じゃないんだ。俺にだって、可能性はある。白瞑の家に通ってやる」
氷魚が、びしっと白瞑を指さした。
「好きなだけ、遊びに来れば? 晴は渡さないけど」
白瞑が笑っている。
(二人の雰囲気が、来た時より柔らかくなっている。お鍋を囲んで話ができたお陰だ)
晴は、ほっと胸を撫で下ろした。
「神世で晴が御厨守をする件は、合意をもらえるよね?」
「当然だ。会いに行けるし、御饌も食える。晴の気持ちも動かせる。これ以上、白瞑に有利にはしないぞ」
ふん、と鼻を鳴らして、氷魚がそっぽを向いた。その顔が、照れているように見えた。
「私が抜け駆けしたから拗ねたんだって、はっきり言いなよ」
「拗ねていない。奪う宣言してやろうと思って、準備していただけだ」
白瞑が苦笑する。氷魚が悔しそうに茶を啜った。
(これが、白瞑と氷魚様の仲良しの形なんだね)
喧嘩するほど仲がいいというやつだ。晴が来る前から、ずっと二人はこうなんだろうと思った。
白瞑が俯きがちに茶を見詰める。
「……ごめんね、氷魚。でも、晴だけは譲れない」
その目が氷魚に向いた。氷魚の逸らした目が、ちらりと白瞑を窺った。
「許さないぞ。俺は諦めていないって、言っているだろ」
氷魚の声は、怒ってはいなかった。
そんな二人を眺めながら、晴は距離を感じていた。
(いいな、仲良し。白瞑の一番は、僕じゃないのかな)
ツキン、と胸が痛む。
(白瞑を取られるのは、嫌だな)
そう思って、気が付いた。
(僕、白瞑を独り占めしたいって、思っているんだ)
何て自分勝手で我儘な考えだろう。そんな自分に驚いた。
「これからは、白瞑の屋敷に遊びに行くからな。欲しいものは何でも与えてやるから、言えよ」
急に話を振られて、晴はビクリと肩を揺らした。
「え? は、はい! 氷魚様に白瞑を取られないように頑張ります」
意気込んで返事する。氷魚の顔が不思議そうに歪んだ。
「どうして、そうなる。俺は白瞑なんか欲しくない。晴が欲しい」
「えっと……うわぁ!」
白瞑に引き寄せられて、抱きしめられた。
「取られないように頑張ってくれる晴、可愛いよ」
いつもより強めに抱きしめられて、身動きが取れない。
「まだ伴侶じゃないのに、抱き付くな。破廉恥だぞ!」
本気で怒る氷魚に怯まず、白瞑が晴を抱きしめる。白瞑の腕の中で、晴は複雑な気持ちになっていた。
(白瞑と氷魚様が仲直りできて良かったけど。僕より仲良しになってほしくないな。こんな風に思うのは、良くないのかな)
そう思うのと同じくらい、三人でいるのが楽しいとも思う。よくわからない胸の内と、よくわからないドキドキが重なる。
自分の気持ちがわからなくて、晴は白瞑にしがみ付いた。
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