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第25話 嫉妬は可愛い?

 冬の神・氷魚の屋敷から戻ってからの白瞑は、表情が晴れやかだ。もしかしたら、晴よりすっきりしているかもしれない。  晴はと言えば、どうにもすっきりしない気持ちを抱えていた。 (白瞑はお友達と仲直りできた。良いことなのに、心からおめでとうって言えない僕は、心が狭いのかな)  そんなモヤモヤを心の片隅にずっと抱えている。 「晴、どうかした?」  御饌を作る晴に、白瞑が声をかけた。 「え? なんで?」  ドキリとして身構える。 「何となく。最近、表情が晴れないというか。元気がないと思って」  図星を突かれて、晴は言葉に詰まった。 「そんなことないよ。全然元気だよ」  笑って見せたら、白瞑にじっくりと見詰められた。あまりに無言で見つめ続けるので、目が逸らせない。 「あ、あの……白瞑?」 「私に隠し事をするの?」  白瞑が悲しそうな顔をする。そんな顔をされたら、誤魔化せなくなった。 「あ……あのね。氷魚様のお屋敷に行った時に」 「氷魚に何かされたの?」  白瞑が、晴の肩をがっしりと掴んだ。 「違うよ。何もされてない。そうじゃなくて、その……」  言いづらくて、もじもじする。白瞑が晴の手を握った。 「何があっても、私は晴を手放しはしないよ」 「……嫌いに、ならない?」  上目遣いに、控えめに聞いてみる。白瞑に抱きしめられた。 「きゅぅ」 「こんなに可愛い晴を、嫌いになんかなれるわけないよ」  強めに抱きしめられて、息が漏れた。 「僕は、可愛くないよ。とっても可愛くない僕の話だよ」  こんな気持ちは、きっと可愛くない。白瞑に幻滅されるかもしれない。 「それは、もっと興味があるな。聞かせて」  白瞑が、晴の耳を優しく撫でた。 「あのね、えっとね……白瞑と氷魚様は、僕のことがある前は、仲が良かったんだよね?」 「んー、仲良しというか。この前、会った時みたいな感じだよ」  やっぱり、喧嘩するほど仲がいいというやつだ。じわりと目が潤む。 「じゃぁ、とっても仲良しだね」  思わず泣きそうな気持になった。 「仲良しっていうのか、わからないけど。私と氷魚の言い合いは日常会話ではあるんだけど……あれが仲良しに見えたの?」  白瞑がバツの悪そうな顔をする。 「けど、まぁ。晴のお陰で交流が戻りそうだし、もう仲違はしないと思うけど……って、晴! 何で泣いているの?」  晴の目からポロポロと涙が零れていた。 「白瞑が氷魚様と仲直りできて、良かったって思うんだ。なのに、僕、氷魚様が羨ましくて」 「……羨ましい?」  白瞑が不思議そうに問う。  しゃくりあげながら、晴は懸命に想いを伝えた。 「氷魚様に白瞑を取られちゃう気がして、怖くて。本当は仲直りおめでとうって言いたいのに、うまく言えない。ごめんね、白瞑」  ぐすぐす泣いている晴を白瞑が呆然と眺めている。 「白瞑の一番になりたい。こんな我儘、全然可愛くないよ」  白瞑の指が、晴の涙を拭った。伸びた腕が晴を包み込んだ。 「可愛い……今までで一番、可愛いよ」  頬に流れた涙を白瞑の唇が吸い上げる。キスされているみたいで、ドキリとする。 「お祝い、できないのに?」 「だって、晴は私のことを、氷魚にとられたくないと思ってくれたんだよね?」 「……うん。白瞑の一番は僕がいいって、思っちゃった」  目尻に溜まった涙も、白瞑の唇が吸い上げた。いつもより顔が近くて、ドキドキする。 「とっくの昔に、晴は私の一番だよ。晴以外に私はあげない」 「……本当に?」  白瞑がニコリと笑んで頷いた。 「晴、あのね。そういう気持ち、嫉妬って言うんだよ。好きじゃないと生まれない気持ちだよ」 「嫉妬……これが、嫉妬なんだ」  言葉では聞いたことがあっても、経験したことがなかった。 (氷魚様に嫉妬したんだ。僕……白瞑のこと、ちゃんと好きなんだ)  そう思ったら、かっと顔が熱くなった。 「やっと晴の気持ちが私に向いてくれた。とても嬉しいよ」  白瞑が安心したように呟いた。晴を抱く指も、声も、少し震えている。 「同じ気持ちをぶつけても、氷魚じゃなく私を選んでくれるんだね」 「僕は、白瞑がいい」  交わした短冊も、御厨で一緒に御饌を作った思い出も、この屋敷での生活も。白瞑となら総てがキラキラ輝く。晴にとって宝石みたいな思い出だ。  白瞑が晴の体を抱き寄せた。 「ありがとう、晴。私を見てくれて」  白瞑が、優しく髪を撫でてくれる。その仕草が好きだ。笑った顔も、一緒にご飯を食べる時間も、好きだ。 「僕は、白瞑が好きだって思うよ。まだ、伴侶にはなれないの?」  伴侶になれれば、神世に滞在できる時間の期限がなくなる。狭間に帰される懸念も消える。  白瞑が抱きしめる腕を緩めた。晴と顔を合わせる。 「私の伴侶になるのと、御饌を作ること。どちらかを選べと言われたら、選べる?」 「え……?」 「今の質問に即答できないうちは、ダメ」  白瞑が眉を下げて笑んだ。 「伴侶になったら、もう御饌は作れないの?」 「そうじゃないよ。ただね、私にとって晴は一番だ。けれど、晴にとって私はまだ一番じゃない」 「あ……」  心臓が、ざわりとした。 「私の伴侶になれば、晴には色々な変化が圧し掛かる。それらを受け止める覚悟がないと、きっと後悔するから」 「覚悟が……足りない」  きっと、そうなんだろうと思った。覚悟を決めるには、晴には知らないことも受け止める事実も多すぎる。 「焦らなくていいんだ。晴が覚悟を決める時間を作るために、神世で御厨守をする合意を、神々にもらっているんだから」 「そっ……か」  白瞑は最初から全部わかった上で、待ってくれている。神世のルールも、晴の気持ちも。 「待たせっぱなしで、ごめん」 「謝らなくていいんだよ。先走って晴を連れてきたのは、私なんだから」  白瞑が晴の鼻を、ちょんと突いた。 「先走るくらいには、誰にも渡したくなかったんだ」  晴は、ぐっと唇を噛んだ。また目が潤みそうになるのを耐えた。 (白瞑の言葉、こんなに嬉しいのに。その気持ちだけじゃ、ダメなんだ。僕も白瞑が欲しいのに)  今の晴がそれを言うのは、狡い気がした。 「僕、もっともっと自分の気持ちも覚悟も、探してみるからね」 「ありがとう。私のために頑張ってくれる晴が、大好きだよ」  白瞑と同じ温度で大好きと言いたい。だから今は、その言葉を飲み込んだ。

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