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第31話 神々と食事会
神世に来てから、気付けば一月が経っていた。
御厨守のお務めを本格的に再開してからは、忙しいながらも穏やかな日々を送っている。
「どうして白瞑がいるんだ」
氷魚が湯豆腐を食べながら、毒付いた。
「私の屋敷だからだね」
白瞑が呆れた風に返事する。
「晴だけいればいい。お前はどこかに行け」
お日様大豆の豆腐をふぅふぅしながら氷魚が、白瞑をねめつけた。
「お前の目は節穴か。エプロン姿の白瞑の美しさが、わからないのか」
まん丸お月様チーズケーキを頬張りながら、夜見が横やりを入れた。
「あれの何処が美しいんだ。審美眼気取りの月の神は、これだから」
氷魚が呆れた顔で笑った。
「年がら年中、雪塗れの屋敷に閉じこもっている冬の神には、白瞑の神秘性はレベルが高すぎるか」
ふん、と夜見が鼻を鳴らす。
「白瞑はただのズルで馬鹿だ。お前の目こそ、癒しの神に見てもらったらいいんじゃないのか」
「あの美しい姿を認識できない時点で、治療が必要なのはお前だ」
氷魚と夜見の言い合いが始まった。
頭を抱える白瞑の隣をすり抜けて、晴は二人に茶を出した。
「お待たせしました。氷魚様には、さっぱりミント煎茶。夜見様には星屑のミルクコーヒーです」
「ちょうど茶が欲しかったんだ。ありがとう、晴」
氷魚が晴の頭を撫でる。豪快なのに優しい手つきだ。
「星屑がパチパチと弾けて、美しいな」
夜見が飲む前に、じっくりと観察している。
「早く飲まないと、冷めるぞ」
「こんなに美しい飲み物、すぐに飲めるか」
氷魚に指摘されても、夜見がミルクコーヒーに見入っている。
「少し熱めに淹れたので、大丈夫ですよ。料理は見た目を楽しむものでもありますから」
「料理師的な審美眼は、備わっているようだな」
夜見が目を逸らして呟いた。
御厨守を続けるにあたり、神々にはお世話になったので、晴と白瞑は料理でお礼のもてなしをすることにした。既に麗良と立夏と照陽を招いた食事会をした。今日は氷魚と夜見、湫憂を招待している。
「晴、ごちそうさまです。私にもお茶をいただけますか?」
氷魚と夜見のすぐ後ろで食事をしていた湫憂が、晴に声をかけた。
「はい! 湫憂様には……」
「冷たい琥珀紅茶、ビックリレモンを浮かせて、どうぞ」
白瞑が紅茶を淹れて持ってきてくれた。
「ありがとう、白瞑」
「どういたしまして」
白瞑が晴に向かって微笑む。
「エプロンがすっかり板につきましたね、白瞑」
「私も晴に習ってね。少しずつ、できることが増えてきたよ」
白瞑が照れている。その顔が、可愛い。
「仲が良いようで、何よりです。麗良が望む通り、本当にお店が開けそうですね」
湫憂が、言い合いしながら食事する氷魚と夜見を眺める。
晴は白瞑と顔を見合わせた。晴はおずおずと口を開いた。
「僕は興味あるんですけど」
「お店を開いたら、パンクするほどお客さんが来るかもしれないよね」
「あぁ……そうですね」
白瞑の言葉を受けて、湫憂が考える顔をした。
「神世には食事を作る習慣がありません。晴の御饌は既に人気ですから、神々が殺到する状況は容易に想像できますね」
「でしょ。大きなお店が必要になっちゃう」
白瞑が苦笑いした。
「御饌は神聖なものだし、食事は楽しんで、ゆっくり食べて欲しいんです。だから、しばらくはお送りするのがいいかなって思ってます」
「なるほど。晴はよく考えていますね。君の食への想いには、頭が下がります」
湫憂に褒められて、晴の胸が熱くなった。
「それで、伴侶の合意を取りに行く日は決まりましたか?」
湫憂の問い掛けに、晴は言葉に迷った。そんな晴の肩に、白瞑が手を置いた。
「もう少し、今のままでいてみたいと思うんだ」
白瞑が、穏やかに答えた。肩に乗った白瞑の手に、晴は手を添えた。
白瞑が、晴に微笑みかけてくれた。大丈夫だといわれているみたいだ。
「……御厨守の合意を得たばかりですしね。しばらくは、いいでしょうが……」
湫憂が、琥珀紅茶を一口、含む。
「あまり長いと、お迎えが来ます。気を付けなさい」
肩に乗った白瞑の指が、ピクリと震えた。
「お迎え?」
「伴侶の許しを下す時の神は、神世の総てを感じ取る。神でも伴侶でも、眷属でもない晴の存在には気付いているはずです。時の神が晴をどう感じ取るかで、対応も変わります」
湫憂の表情は、明るいとは言えない。
「どう、感じ取るか?」
「異端、異物と感じるか、白瞑の伴侶と感じるか、或いはもっと別の何かか。それにより狸の処遇が変わるということだ」
首を傾げる晴に、夜見が教えてくれた。
「晴が異端なわけ、ないだろ。それと、晴を狸と呼ぶな。狸の獣人だ」
「異端の狸だ。間違っていないだろう」
氷魚と夜見がまた言い合いを始めた。
「二人とも、喧嘩するなら出禁にするよ」
白瞑が二人を諫めている。
「残念ながら、夜見の見立ては間違っていません。だからこそ、自分たちから先んじて紹介に行くほうが安全なんです」
「安全……」
湫憂の言い方は、行かないのが危険だといっているようだ。
「わかってる。長くこのままでとは、思っていないよ。晴も……前より準備ができているから」
白瞑が、晴の肩を抱き寄せた。
湫憂が晴を見詰める。戸惑いながら、晴は頷いた。
「それなら、良いのですが。私は二人が神世で末永く暮らせるよう、願いますよ」
湫憂が微笑んだ。
「ありがとう、湫憂」
優しい言葉をくれる湫憂に、白瞑と同じ返事ができない。
(覚悟って、どんなものなんだろう)
好きな気持ちも、白瞑を大事にしたい気持ちもある。けれど、白瞑と同じ覚悟があるか、わからない。
胸の奥に引っ掛かる小さなモヤモヤが、ずっと気になっていた。
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