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第32話 走り星が届けた招待状

 御饌を作り、白瞑と夕暮れを見守って日々を過ごす。そんな日常が晴にとって当たり前になった。 「白瞑、飲み物を持ってきたよ」  縁側で奏楽を見上げる白瞑の隣に座る。 「今日は琥珀紅茶のフワフワ生クリーム乗せだよ」  ほんのり甘味を感じるようにアカシア蜜を入れてある。 「ありがとう、晴。こっちにおいで」  手招きされて、晴は白瞑の隣に並んだ。二人揃って、琥珀紅茶を飲む。 「優しい甘さだね。美味しいよ」  白瞑が晴の頬を撫でた。最近の白瞑は晴の頬や目尻を撫でるのが好きだ。 「今日の夕焼けは、晴れだね」  晴は空を指さした。金色の夕暮れが空いっぱいに輝いている。こういう空は秋の間でよく見られるのだと、白瞑が教えてくれた。 「美しくて、強くて、晴みたいな空だ」 「僕? 名前は晴だけど」  晴という名前は師匠が付けてくれた。お気に入りの名前だ。 「人生、毎日晴れって意味でつけてくれたんだよね。素敵な師匠だね」 「うん! 師匠も自分の名前も、大好きだよ」  晴にとっては育ての親であり、料理の師匠だ。生きるための総てを教えてくれた人だった。 「だからきっと、晴は優しくて強いんだね」 「僕、強いかな」  喧嘩は正直あまり、勝てる自信がない。 「晴は心が強い。その強さや優しさが、料理にも表れているよ」  じわりと、胸が熱くなった。 「白瞑に、そんな風に言ってもらうと……嬉しい」  嬉しくて、胸が締まる。幸せなのに、どこか切ない気持ちになる。 (白瞑を……ぎゅってしたくなる)  晴は白瞑の手を握った。 「僕は、空を見ている時の白瞑が好き」  握った白瞑の指が、小さく震えた。 「綺麗だって、思う?」  白瞑が問い掛ける。少し怯えているみたいだ。儚い姿を美しいといわれることを、白瞑はきっと好まない。それは何となく、晴にもわかる。 (でも、綺麗なのは悪いことじゃないと思う)  晴が感じた美しさを誤魔化す気にはなれない。 「綺麗だと思うよ。だけど、それだけじゃなくて……空を見ている時の白瞑を、こんな風にね、したくなる」  晴は手を離した。白瞑の後ろに回って、その顔を抱きしめた。白瞑の頬に自分の頬をピタリとくっ付ける。 「温かい?」 「……温かい」  白瞑が頬を寄せる。ぴったりくっ付いた頬が、もっとくっ付いた。 「二人でいたら、ずっと温かいね」 「……うん」  白瞑が、はにかむように笑んだ。  空の上、北辰の近くに、白い走り星が通った。夜の群青が徐々に金色を飲み込み始めた。 「あれ? 白瞑、これ」  二人の足元に、手紙が置かれていた。  白瞑が、息を飲む気配がした。晴は白瞑から離れて、縁側に置かれた手紙を手に取った。 「いつの間に……もう伝書鳩さんが飛べる明るさじゃないのに」  拾い上げた手紙を、白瞑に手渡す。その指が震えていた。 「白瞑?」 「……大丈夫、確認してみよう」  白瞑が手紙の封を切った。真っ白な便せんに、黒い文字が浮かび上がった。 『夕暮の神・白瞑   御厨守・晴を連れて  時の大社に来るように』  ドクン、と晴の心臓が揺れた。 (湫憂様が言っていた、時の神様からの呼び出した)  白瞑が、ぐっと唇を噛む。目を閉じて一つ頷くと、呟いた。 「うん、大丈夫」  開いた目が晴に向いた。 「もしかしたら、そろそろかなって思っていたんだ。けど、大丈夫。今の晴ならきっと、大丈夫だよ」  白瞑の顔が強張っている。晴は、手紙を持つ白瞑の手を握った。 「僕、覚悟が何なのか、まだよくわかってない。でも、前よりずっと白瞑が好きで大切って思う。離れたくない。だから、頑張る」  白瞑の腕が伸びて来て、晴を抱きしめた。 「晴……お願いだから、何があっても私を……」  手紙が淡い光を灯した。その瞬間、白瞑が言葉を止めた。ただ温かな腕だけが、晴の体を囲うように抱きしめる。 「愛しているよ、晴」 「僕も大好き。白瞑を悲しませたり、しないからね」 「……うん」  白瞑の声は弱々しくて、怯えているみたいだった。  漠然とした不安が胸にジワリと広がる。  この時の白瞑が、何を不安に思っているのか、晴にはわからなかった。

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