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金露を宿す(八)

 唇をかみしめたまま小来(シャオライ)は何も答えない。このままぎゅっと口を閉ざして目を背けていれば、時が過ぎ、勝手に良い方へ転がっていくのだと、本気で思っているようだ。そんな都合の良いことなど起こるはずがないというのに。無乃(ウーナイ)は構わずにこにこと続けた。 「気になっていたんだ。私を怖がるような君が、不気味な墓地に一人で残ると言いだしたのだから。一緒に来なかったのは、隠し事があったからだろう。例えば、あれは青菊(チンチュイ)の墓ではない。誰か別の人の墓、とかね」  無乃はただ不思議だった。嘘を吐いたことを責めようとしているわけではなく、むしろ嘘を吐くはめになってしまった彼の立場を思うと気の毒にさえ思われてくる。だからこそ、嘘の裏に隠された真実が余計に気になって仕方がない。なぜ、あの墓を青菊だと偽ったのだろうか。 「……金菊(チンチュイ)という名前の下働きが、この屋敷にいました。羅冴流(ルオフーリウ)さんに教えたのは、その下働きの墓です。名前の呼びが同じだから、気づかないと思って。それに、青菊さんは何かから逃げているようでしたので、それなら金菊という名前を使うようにと、太丁(タイティン)様が仰ったんです」  視界の端で俯く小来はずぶ濡れの子犬のようだった。  やはりあの墓は別人のものかと無乃は頷く。そもそも縁もゆかりもないこの綾風渚に彼女の墓を作るような人がいるとも思えない。だから羅冴流から墓があると聞いて驚き、そこにやはり青菊の遺体がなかったことでさらに困ってしまったのだ。川に浮かんでいたあの死体が、もしかしたら身寄りのない彼女のものだとしてもおかしくはない。  そう思っていたが、どうやら心配しすぎだったようだ。  幻想的な花の香りに包まれた楼台。窓の外にうつるその楼閣を眺めながら、茉莉花のしげる花の鬱陶しさに無乃は無意識に息を吐いた。あの楼台の窓を横切っていった影。あれこそが、無乃の探している人物だろう。 「青菊は、この屋敷にいるようだね」 「今は、金菊と名乗っています」  無乃は答え合わせをするように頷いた。もう一つ、無乃には気になることがあった。青菊は生きていたのだから、墓に遺体がなくて当たり前なのだ。けれどあの墓が金菊という人物の墓ならば、一体誰が羅冴流より前にあの墓を掘り起こしたのか。本物の彼の遺体は、どこへいってしまったのか。  身を竦めて俯く小来に心が痛みつつ、無乃はそれでも和やかにたずねた。 「その金菊のご遺体がなかったのは、君の仕業かな」  墓から遠ざかりたい一番の理由は恐怖でも、嘘を吐いたからでもなく、思い出したくないことがあったためだ。たとえば、金菊が亡くなってすぐ、その墓を掘り起こしたこと。 「そ、それは……!」  図星だったらしい。突然、目を見開いた小来の顔色がまっ白になった。  その慌てぶりに無乃はあれ、今、小来がなにか……、とひっかかりを覚えた。 「無乃先生――、」  とらえかけた違和感の正体を、寧太丁の野太い声によって掴み損ねる。ただならぬ寧太丁の形相に驚き、そっと眉をひそめた。駆けつけたのは寧太丁一人。同じ部屋にいるはずの羅冴流はいない。彼になにかあったようだ。  上気した顔に汗を浮かべ、身体を揺らして息を切らす寧太丁が後ろを指さし、身振りを交えて矢継ぎ早に言った。 「我氷津(ウオピンチン)の様子が少しおかしくて、けど彼が大丈夫だと言うから様子を見ていたんです。そしたら、さっき本当に突然、意識を失って倒れてしまって! 体調を崩したのかもしれない。私が早くあなたを連れてくれば良かった。私には医術がわからないから、とりあえず来てくれ!」 「うお――羅冴流が……?」  あれ? いけない――  逆だった。無乃は口を押さえる。しかし幸いにも寧太丁は言い間違えたことに気づいていないようだった。 「早く、ついてきてくれ!」  もたもたとしている無乃をよびつける寧太丁に、無乃は急かされるようにして駆け出した。 突然倒れたということは、墓を暴いた呪いだろうか。それに昨晩は眠れていないし、舟から飛び降りてびしょ濡れにもなった。おまけに彼は全裸で寝ていたのだから体調が崩れてもおかしくはない。  ……無理をさせすぎただろうか。  顔色は悪いようには見えなかったけれど、外に見えていないだけで疲労がたまっていたのかもしれない。部屋へ戻ったら沢山労ってあげなければ。  部屋の中へ駆け込んだとき、そのすぐ背後で戸が閉まり、立て続けに外からガチャッと南京錠が下ろされた。  小来――?  床の違和感と、甘ったるい茉莉花の匂いがしない。ふと窓へ視線を走らせた。庭を埋め尽くしていた茉莉花も、その奥にあったはずの楼台も見えない。  ――別の部屋だ  誘い込まれた?  無乃は素早く外へ出ようとする。その腕を、寧太丁が引き掴むように取り上げた。無乃の身体は叩きつけるように壁に押さえつけられていた。  振り向かなくても分かる。蜘蛛の糸にとらわれた無乃に、彼が舌なめずりをしていることくらい容易に想像できた。  迂闊な真似をした。これは自分が招いた失敗だ。 無乃は逸る鼓動を落ち着かせようと瞼を伏せる。 「……そうか。金菊は、男」

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