1 / 5
一、湯の神との出会い①
それは風花が舞う寒い日のことだった。十歳 の祝いを迎えたばかりの凪 は、湯花神社の境内で遊んでいた。
凪の両親は宿屋を営んでいる。共に毎日忙しくしている両親は、幼い凪と遊ぶ時間などもてずにいた。そのため凪はいつも一人で湯花神社に来ては、石蹴りをしたり、地面に落書きをしたりして遊んでいた。
神社の入り口に置いてある、二匹の狛犬もいい話し相手だ。凪が一生懸命話しかけると「そうだ、そうだ」と相槌を打ってくれているような気がする。だから、凪は一人でいても寂しくなんてなかった。
凪が湯花神社に足を踏み入れると、ムワッと生暖かい空気に包まれる。慣れていない人が嗅げば思わず鼻をつまみたくなる腐った卵のような匂いも、凪は慣れっこだ。冬の冷たい空気ごと思い切り吸い込んで、ゆったりと呼吸を繰り返す。
少し離れたところからは、轟々と滝の落ちる音が聞こえてきた。
いつもと変わらない。そんな穏やかな昼下がり……。
ここは湯滝村 。凪が生まれ育った村だ。
湯滝村は昔から温泉地として栄えた地域で、凪はそんな湯滝村で一番老舗とされている温泉宿、「椿屋 」の一人息子だ。幼い頃から両親の手伝いをして、椿屋を支えている。
「いいお湯だったよ」
「食事も最高に美味しかった」
「また来るからね」
そう言いながら笑顔で宿を出ていく客の顔を見ることが、凪は大好きだった。
――いつか自分がこの宿を継ぐんだ。
そう思えば、凪は身震いするほどの興奮を感じる。
凪は湯花神社にある滝が好きだった。立派な滝を眺めていると時間が経つのを忘れてしまう程だ。しかし、両親からは「源泉には近づいてはいけないよ」と口を酸っぱくして言われている。
湯花神社にある滝は普通の滝と違い、源泉から湧き出した温泉が流れ落ちている。源泉からはとめどなく上質な温泉が湧き出し、その温泉のおかげで湯滝村は栄えてきたのだった。
源泉の湯の温度は百度近くあるため、落ちたらひとたまりもない。そんなことは、幼い凪も十分に理解していた。ぐつぐつと熱い温泉が噴き出し、泡立つ源泉を見ていると恐怖心を抱かずにはいられない。
だから、凪は両親の言いつけを守り、源泉に近付くことはなかった。
そう、この日を除いては……。
その日は凪にとっては、まるで目を疑うようなことの連続だった。誰に話しても、きっと信じてくれる人なんていやしないだろう。
それでも凪は思う。あの出会いは運命だったのだと。
ともだちにシェアしよう!

