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湯の神との出会い②

 湯花神社の真っ赤な鳥居をくぐると、広い境内が広がっている。境内は落ちてくる湯の熱気で蒸し暑く、硫黄の独特な匂いが鼻をついた。滝が流れ落ちる音が辺りに響き渡り、滝を眺めていると深い滝壺に吸い込まれそうになってしまう。 「な、なんだあれ……?」  ふと見やると、境内では大きな犬のような獣が二匹……仲良くじゃれ合っている姿があった。  それは炎のような真っ赤な色の獣と、空のように真っ青な獣だった。二匹の獣は楽しそうに追いかけっこをしたり、取っ組み合いをしたり、とても愛らしい。そんな光景に凪の口角が自然と上がっていく。 「可愛いなぁ。でも、あんな動物、この辺りにいたかな?」  凪が目を凝らすと、その獣の姿には見覚えがあった。いつもどこかで見かけているはずなのに……なかなか思い出せずに、凪は首を傾げる。 「なんだろう、どこかで見かけたはずなのに。どこだろう……あ、そうだ……!」  ふと凪の頭に過る光景。それは、赤い鳥居のある神社の入り口。そこには本堂を背に一対で向き合う狛犬が置かれていた。狛犬にしては珍しく、赤色と青色の狛犬だ。村人たちからは紅さん青さんと呼ばれて親しまれている。  その姿は獅子に似て勇ましいのに、犬のような愛嬌もあった。  一対の狛犬は、いつも一人で神社を訪れる凪を、そこに鎮座して待っていてくれているかのように感じていたほど、凪には思い入れの強い狛犬たちだったが。 「……え、まさか……?」  凪が慌てて振り返ると、いつも二匹の狛犬が座っている台座の上には何も置かれていない。いつもならば、出迎えてくれる彼らのことを眺めつつやってくるはずなのに、どうして狛犬がなくなったことに気が付かなかったんだろう、と、凪は空っぽの台座を呆然と見つめる。  何者かの悪戯だろうか? でも石で作られたあんな大きな狛犬を、誰かが盗むなんて思えない。凪の心臓が少しずつ速く拍動を打ち始めた。  ――もしかして、あの獣が……。  凪は居てもたってもいられなくなり、獣のいるほうに向かい走り出す。あの二匹の獅子のような獣たちは、もしかしたらあの狛犬かもしれない。そう思えば、確かめずにはいられなかった。  「源泉に近付いてはいけないよ」という両親の言葉が頭をかすめたけれど、それ以上に好奇心が勝ってしまう。  湯花神社の脇にある小道を駆け上った。緩やかだった坂は、源泉へと近づくほど勾配がきつくなってくる。滝を横目に「はぁはぁ」と息を切らせて坂を上り続けると、むせ返るような煙に、視界が一瞬真っ白になった。  坂を上り切った先には源泉がある。凪は両親の言いつけなんてすっぽりと頭から抜け落ちてしまっていた。  ただあの可愛らしい獣たちを、もっと近くで見てみたい……。そして、その正体を知りたい……。持ち前の好奇心がむくむくと芽を出した。 「おい、こっちにおいで」  源泉の周りにある木でできた囲いから体を乗り出し、獣に向って手を伸ばす。源泉の近くは冬でも汗をかくほど熱い。  ぼこぼこという音をたてながら、地面の割れ目から湯が湧き出し続けている。源泉の底は緑色の苔のようなもので覆われ、それと同じ色の温泉が滝に向かって物凄い速さで流れていた。 「ねぇ、俺と一緒に遊ぼうよ」  凪が声をかけ続ければ、二匹の獣たちはきょとんとした顔で、凪を見つめている。そんな姿も可愛らしくて、凪は木の囲いに寄りかかり更に体を乗り出した。  その時の凪は想像していなかった。長年、湿気と温泉の成分に晒され続けた木の囲いが傷んでしまっていることを……。部分的に腐敗していた木の囲いは、凪の体重を支えきれずに悲鳴を上げていたのだ。  バキバキッという何かが壊れる音と共に、凪の体が大きく傾く。  ――まずい。  そう思った凪が何とか体勢を立て直そうとしたが、凪は崩れた木の囲いと共に空中へと投げ出されてしまった。 「わぁぁぁ‼」  悲鳴をあげながら落ちていく凪。  走馬灯とはこういうことを言うのだろうか。凪の周りから音が消え、周りの光景が怖いくらいゆっくりと動いているように感じられた。  全身を焦がすような熱気を感じ、あまりの熱さに呼吸ができなくなる。肺が爆発してしまいそうだ。じりじりと皮膚が爛れるように痛み、銀色の美しい髪は儚く焼き切れていってしまいそうだった。  ――死んじまう……。  凪の意識が少しずつ遠退いていった。  

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