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神様との喧嘩②

「気持ちよかったぁ!」 「それはよかったな」 「椿屋のお風呂はすごく広いんだね! ボク泳いじゃったよ」 「あははは! そりゃあ凄い!」  椿屋の温泉に入った虎徹はとてもご機嫌で、にこにこしている。その笑顔が可愛くて、凪の心は温かくなった。湯上りに冷たい緑茶を手渡すと、美味しそうに飲み干す。ぽたぽたと髪から垂れる雫を手拭いで拭いてやった。 「ねぇ、凪。ボク、これから行くあてがないんだ。もし凪がいてもいいって言ってくれるなら、ボクずっとここにいたい。ちゃんとお手伝いもするから」 「ずっとここにって……。虎徹には家族はいないのか?」 「……家族? ボクは生まれたときから一人だよ? 多分、家族がいる神様なんていないんじゃないかな……」 「神様って、生まれたときから独りぼっちなの?」 「うん。こんなに優しくしてくれる人間に会ったのも、凪が初めてだし」 「そっか」 「だから、ボクずっと凪と一緒にいたい。ねぇいいでしょ?」  凪は虎徹を見ながら大きく息を吐く。こんなに幼い子供が独りぼっちで生きてきたなんて……そう思えば心が痛んだ。 「湯玄様もずっと一人で生きてきたのかな」  ふと、あれだけ横柄な態度をとりながらも、気づくと、どこか寂しそうにしている湯玄の顔が頭の中を過っていく。  ――神様はいつも独りぼっちなんだ。  神という存在は、華々しい世界で生きているものだとばかり思っていた凪は、想像もしていなかった現実に心が掻き乱された。 「いいよ。虎徹がいたいだけここにいな?」 「本当? ありがとう凪! ボク一生懸命お手伝いするね!」 「わかったわかった。ありがとうな」  自分に向かって飛びついてくる虎徹の体を、凪はギュッと抱き締めた。  その日から、泰富と虎徹が椿屋の手伝いをしてくれるようになる。  凪が泰富と虎徹を両親と祖母に紹介すると、「よろしくお願いします」と二人は人懐こい笑みを浮かべた。この二人は神様の割に全く偉ぶっていないところが、親しみやすさを感じさせられる。  湯玄の他に神様がこの椿屋で働くことに、凪の両親と祖母は驚愕しており、口をポカンとあけたまま固まってしまっている。三人とも呆然と泰富と虎徹を見つめ、言葉を発することもできないようだ。それでも神様を追い返すわけにもいかず、渋々と椿屋で働くことを了承してくれたのだった。 「神様をこんなぼろ宿屋で働かせてしまうなんて、本当に申し訳ない」  祖母など、泰富と虎徹に向かって手を合わせている。そんな両親たちに「こちらこそ、ご迷惑をおかけしますね」と泰富が優しく声をかけた。  泰富は女性に混ざり厨房で料理を始める。突然厨房に現れた謎の美男子に、女性たちの黄色い悲鳴が玄関まで響くようだ。泰富は腕まくりをすると、てきぱきと料理に取り掛かったのだった。  彼が作った料理は見た目も美しく、味も絶品だとたちまち宿泊客の心を掴んでしまう。 「こんなにうまい飯は初めてだ」  宿泊客は満足そうに舌鼓を打つ。特に泰富が作る稲荷寿司が絶品だと、早くも評判だ。 「へぇ。凄いじゃないか? 料理が得意なんだな?」 「そんな……凪さんに褒められたら照れちゃいます」  凪が素直に称賛すると、泰富が頬を赤らめる。泰富は素直だし腰も低い。どこかの誰かさんとは大違いだと、つい比較をしたくなってしまった。  虎徹は年配の使用人に混ざり、掃除に精を出している。長い廊下を雑巾がけしながら元気に飛び回る姿を見た者から、「ほら、頑張って」と声援が起きている。  泰富と虎徹がいるだけで、椿屋の中が明るくなったように感じられた。  

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