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第一話 花生みの少年①

「なんだ、数週間雨が降らなかっただけで枯れちまうなんて、だらしないなぁ。ほら、元気を出しな」  少年が道端に咲いているクリスマスローズにそっと手をかざすと、つい先程まで頭を垂れていた花が生き返ったかのように空に向かい花弁を広げた。 「よし、いい子だ」  少年が微笑む。  まるでクリスマスローズも、「ありがとう」と微笑んでいるようだった。  少年は愛おしそうに、クリスマスローズを撫でた。  この世界には、特殊な能力を持って生まれてくる者がいる。  自身の体から花を生み出すことができる『花生(はなう)み』と、その花生みが生み出した花を食す『花食(はなは)み』だ。両者は互いの性質上、相互依存の関係となっている。  花生みが花を生み出す際には大量のエネルギーを消費する。その栄養を日光や薬で補うことはできるが、花生みにとっての一番の栄養は花食みの体液だ。  逆に花食みは花生みが生み出す花を食し、自身の糧とする。勿論、普通の人間と同じ食事を摂取することは可能であるが、花生みが生み出す花は花食みにとって栄養価が高く、非常に有益なものだ。  花生みと花食みはお互いにとって大切な存在である。特に花生みと花食みが恋人、または夫婦となる『ブートニエール』の関係に至った場合、特別な絆で結ばれるとされている。  花生みと花食みは「運命」にも似た、不思議な関係で結ばれているのだ。  少年のノアは花生みとしてこの世に生を受けた。  彼が痛みを伴い流した涙は、世界一美しい花と呼ばれているベゴニアへと姿を変える。そのベゴニアから採れた種はどんな土地にも根を張り、草木が育たない地にすらも、緑をもたらすことができた。  『クルゼフ王国』は雨が降らず、もう何年も食糧難に陥っている。カラカラに干からびてひび割れた土地にいくら種を撒いても、せいぜい絵筆くらいの太さの人参を収穫することしかできない。  農民たちの大切な主食であるライ麦や小麦も、燦燦と降り注ぐ日光の下に次々と枯れていき、飼われている家畜達は腹を空かせて死んでいく。体力をつけるための肉も、腹を満たすための硬いライ麦パンすら満足に得ることができずに、農民たちは絶望しながら空を仰ぐ日々を送っていた。 「ここまでか……」  ノアの目の前で蹲る、枯れ枝のような腕をした老婆がポツリと呟く。もはや村民全員が餓死するのを待つしかない……。誰もが絶望の表情を浮かべていた。 「私など死んでもいいのです。ただ若い者が先に死んでいってしまうことだけは、我慢なりません……」  骨と筋ばかりの肩を揺らし泣く老婆を目の前にすれば、ノアの心が張り裂けそうになった。 「すまない。俺がもっと早くこの村を訪れてやれていたら……。大丈夫だ、婆さん。後は俺に任せておけ」  そう言いながら、老婆の肩を叩いてノアは荒れ果てた畑の前へと進み出た。 「任せておけとは……。あ、貴方様は?」 「俺はリリス村からきたノアだ。国中を旅してまわっているのだが、なかなか全ての村をまわりきることができなくてな」 「……ノア……? じゃあ貴方様が伝説の花生み……」 「伝説とか言うんじゃねぇよ。俺はまだ生きているんだから。それより婆さん、大変だったな。ずっと作物が採れなくて」 「あぁ……伝説の花生み、ノアよ……助けておくれ……! このままでは皆が死んでしまう……!」  両手で顔を覆い泣き出してしまった老婆の傍にしゃがみ込み、ノアは優しく背中を撫でてやりながら言葉を紡いだ。 「わかっている。そのために俺はここに来たんだ」  まるで神に祈りを捧げるかのようにノアは大地に跪いた。両手をギュッと組み、静かに目を閉じて深い呼吸を繰り返す。 「なんて神々しい……」  老婆は震える声を絞り出しながら、ノアを見上げては、息を呑む。 「眩い程の光り輝く銀色の髪に、透き通る蝋のような肌。晴れた日の空のように澄んだ瞳。噂には聞いていたが、本当に天使のように美しい」  その姿を見た老婆もまた両手を合わせる。それに倣い、近くにいた村人たちも手を合わせ始めた。皆が息を潜めてノアを見守った。  次の瞬間スッと一粒の涙がノアの頬を伝う。まるで澄み切った空のような色の瞳から溢れ出す涙を、ノアは自分の手のひらで受け止める。手のひらの中には赤や白、青紫やピンク色のベゴニアで溢れ返っていた。 「まぁ、なんて綺麗なベゴニアだろうね……」  そう呟く老婆の手のひらに、ノアはたくさんのベゴニアを載せてやる。あまりの大量のベゴニアを持ち切ることができない老婆は、掛けていたエプロンをハンモックのように広げてそれを受け止めた。 「このベゴニアを畑に埋めてごらん? 小麦が欲しければ小麦を、人参が欲しければ人参を思い浮かべながら……。きっと皆が望む作物に恵まれることだろう」 「……なんてありがたい……」 「よかった。喜んでもらえて」  老婆の目からは再び大粒の涙がポロポロと溢れ出す。それを見たノアは満足そうに微笑んだのだった。

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