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花生みの少年②
「ほう、これは実に素晴らしい能力だ」
ノアが声のする方を振り向く。
「噂通りだな、ノアよ」
「あんた、なんで俺の名前を知っているんだ?」
ノアが視線をやった先に、黒々と光輝く馬に跨った男が薄笑いを浮かべている。こんなに作物が獲れない状況の中、これほどまでに肥えた馬がいるなんて。ノアは言いようのないその存在の違和感に、眉を寄せた。
男は、一目見ただけで上級階級の者とわかるほど、立派な白いチュニックと真っ赤なマントを身に着けている。
――なんでこんな金持ちが、こんな辺鄙な村に来たんだ?
上等な布には金や銀糸で華やかな刺繍が施されており、洋服につけられた模造宝石が日光の光でキラキラと輝いている。真っ赤なマントはシルクでできているのだろうか? まるで太陽のように眩い光を放ち、華美な衣装をより一層引き立てていた。
それらの装飾品全てが、己の地位を誇示しているように思えてきて、身分の低い農民の子であるノアはつい反射的に、腹の立つ感覚を覚える。
下級身分の者達が苦しんでいるというのに、こんなにも肥えて立派な馬を持ち、煌びやかな衣装を身に着けて悠々自適な暮らしを送っている……。そう思えば、腸が煮えくり返るようだった。
『俺に何の用があるって言うんだよ?』と、馬の上から自分を見下ろし、ほくそ笑む男に向って声を上げようとした瞬間――。
「こ、これは……!!」
「貴方様はもしかして……!!」
ノアの近くにいた村人達が一斉に地面にひれ伏した。
「一体なんなんだ?」
事態を理解できないノアは目を見開く。どうやらここにいる自分以外の人間は、突然現れたこの男の正体を知っているようだ。
「あのさ……あんた誰? 偉い人なの?」
「ふっ。なかなか気が強いのだな? 大概の者は、俺を見ると圧倒されて何も言えなくなってしまうというのに。気に入ったぞ」
「はぁ? 馬の上にいてふんぞりかえってるだけだろうが。そんな自分がすごいって言いたいわけ?」
「おい、貴様! 言葉のきき方に気をつけろ!」
男の近くにいた騎士の一人が怒声を上げると「いいから黙っていろ」と、男は手で制した。それを見た兵士がスッと頭を垂れる。そんな一瞬のやり取りだけで、この男はやはりかなりの権力者なのだと窺い知ることができた。
ノアの目の前にいる男は、変わらず不敵な笑みを浮かべている。漆のように黒い髪は日の光を浴びキラキラと輝き、髪と同じように真っ黒な瞳に見つめられると吸い込まれそうになってしまう。
ノアよりだいぶ年上に見えるが、妙に色気があり艶めかしい。逞しい体つきをしているにもかかわらず、容姿秀麗という言葉がこの男にはよく似合った。
「ノアよ。初めて会ったな。俺はこのクルゼフ王国の新国王だ」
「新……国王……?」
「そうだ。俺の顔も知らない輩がこの国にいたなんて。身の程知らずもいいところだな」
この男が新国王陛下……。ノアは一瞬言葉を失ってしまう。今までの自分の言動を思えば、よく殺されなかったと思う程無礼な態度をとってしまっていた。今になって、全身から血の気が引いていくのを感じる。
「まぁ、気にするな。別に貴様の無礼をここで裁くつもりなどない。ただ、貴様に言っておきたいことがあり、はるばるここまで出向いてやったのだ」
「言っておきたいこと?」
「そうだ」
新国王と名乗った男の顔から笑みが消え去り、真顔になる。そのあまりの冷酷な表情に、ノアは思わず息を呑んだ。やはり若いと言っても国王陛下となった男だ。貫禄がある。ノアは無意識に後退り距離を取った。
「今我がクルゼフ王国は、かつてない程の食糧難に陥っている。この危機を脱するには、お前達、花生みの能力が必要だ。よく聞け、ノアよ」
「…………」
ノアはこの男の瞳が苦手だ。まるで夜の海のように真っ黒で引きずり込まれそうになる。視線を逸らしたくなるのを必死に堪えて、最後の抵抗とばかりに弱々しく睨みつけた。
「貴様が大人しく俺の言うことを聞けば、貴様の生まれ故郷の村人や、両親に危害を加えることはしない。だが逆もまた然りだ。貴様は、たった今から俺の命令に背くことは許されない」
「……な、何を言っているのか意味がわからない」
「いいから黙って聞け。決して、貴様が俺に歯向かうことは許されない。いいな?」
まるで呪いをかけるかのように低い声で呟く。
この男は一体何を言っているのだろうか? それが理解できずに、ノアは何も言い返すことができず、黙って男を見上げた。
なぜ生まれ故郷のことや、両親の話が出てくるのか。男の言葉が、強い恐怖心へと姿を変えて、ノアの脳裏に深く刻み込まれる。緊張のあまり喉がカラカラに渇き、声を発することさえできなかった。
「また会おう」
男が手綱を強く引けば馬が声高に鳴く。けたたましい馬の足音と共に、土埃を上げながら男は風のように村を後にした。そして、その場には静寂が残される。
「なんだよ、決して歯向かうなって……。意味がわかんねぇ」
緊張の糸が切れたノアは全身から力が抜けてしまい、その場に立っていることがやっとだった。
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