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花生みの少年③

「ただいま」 「あら、ノアおかえりなさい。なかなか帰ってこないから心配したわ」 「あー、うん。今回はかなり遠くの村まで行ってきたから」 「あら……。またベコニアを置いてきたの?」 「まぁね」  ノアは両親と共に『リリス村』で穏やかな生活を送っていた。リリス村は数十人の村人しかいない小さな集落ではあるものの、そのほとんどが花生みである。  そのおかげで、リリス村に入った瞬間、たくさんの美しい花々に出迎えられるのだ。一面に広がる小麦畑に、作物が所狭しに植えられている野菜畑。木々の新緑が日光を受け輝き、風にそよそよと揺れている。その光景は、先程までノアがいた村の風景とは全く違っていた。 「皆様の役に立てたみたいで、母さんも鼻が高いわ」  そうノアに向かって微笑む母親のステラを見ると、照れくさくなってしまい頬に熱が籠っていく。夕食のためにパンを焼いているのだろう。香ばしい香りが家中を漂っていた。  ノアの両親も花生みだが、ノアのように花を作物の種に変える能力は持ち合わせていない。ノアは普通の花生みが持っていないような特別な能力を、生まれながらに持っていた。 「お、ノア。ようやく帰ってきたのか? 農作業も手伝わずにフラフラしやがって」 「うるせぇな。人助けしてきたんだからいいだろう?」 「たまには、父さんやリリス村の人たちを助けたらどうだ?」 「はぁ? 自分の領地くらい、自分で何とかしてよ。俺だって色々忙しいんだからさ」 「まぁまぁ。あなた、ノアだって人助けの為に頑張っているんですから、あまり怒らないでください。さ、もうすぐ夕飯になりますからね」  ノアと、ノアの父親であるカイルとの間にわずかに走る険悪な雰囲気に、ステラがやわらかく割って入る。カイルは若くしてリリス村の村長となり、立派に村を治めていた。  リリス村は代々からクルゼフ国の王家と懇意にしている。花生みである村人達が王国に緑をもたらすことを条件に、作物を狙い危害を加える者達から村を守る、という条約を結んでいるのだ。  この条約のおかげで、国王陛下の住む『クレーア城』は僅かではあるが城内の畑で作物が収穫でき、リリス村も部外者に襲撃されることなく作物を収穫することができるのだ。この条約はもう何百年も前から受け継がれてきたもので、お互いの利害に一致するものでもあった。  ノアが生まれてからは、彼の優れた能力によりクレーア城で収穫できる作物が増えたともっぱらの噂だ。国王陛下はノアの涙から生まれるベゴニアの花を楽しみにしていると耳にしてはいたが、当のノアは国王陛下などに会ったことがない。会いたいとも思ったこともないし、一生会うこともないだろうとも思っていた。  国王陛下や城の事情など、ノアにはどうでもいいことなのだ。この優しい両親と穏やかな暮らしを送ることができるだけで、幸せだと感じていたのだから。  しかし突然現れた新国王陛下を名乗る男の存在が、ノアの運命を狂わせていったのだった。   ◇◆◇◆  その年は、これまで国を統治してきたルーカス国王陛下が若くして、病で崩御した年だった。国民は早すぎる国王陛下の死を嘆き悲しみ、喪に服す。  ルーカス国王陛下の後継者に選ばれたのは第一王子だったが、まだ若く、ルーカス国王陛下のように国を治めることができるのだろうか……? そんな不安が、国民の沈んだ心に更に影を落とした。  そしてその年は、作物が全く育たない年でもあった。それまでは絵筆程の太さしか育たなかった人参は、芽を出して間もなく枯れてしまう。人参だけではなく、ライ麦や小麦、芋も玉葱も全てが育つことなく枯れて朽ちていく。作物が育たない畑はひび割れ、砂埃が宙を舞った。  農民は疲れ切った顔で空を仰ぐが、雨が降る気配すらない。  城内にある畑は、リリス村の花生み達が産み落とした種でなんとか作物が実っていたが、その畑さえも今はまるで砂漠のようだという。足りない食物を補っていた貿易も、王が変わったことで国同士の関係が悪化し、今は途絶えてしまったようだ。 「なんということだ……」  若くして国王となった男は苦々しい顔をしながら、枯れ果てた作物を踏みつける。 「もうどれくらい雨が降っていないのだろうか? それにこの瘦せこけた土地は一体どうしたというのだ? いくら種を撒いたところで芽さえもでないではないか。このままでは、この国が滅亡してしまう」  新国王は意を決したように畑に背を向けた。 「馬を用意して騎士団を招集しろ。これから出かける」 「は! かしこまりました」  近くにいる家来にそう命じた後、ゆっくりと歩き出したのだった。    

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