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第5話 オーウェンの能力
朝の光が訓練場の窓から差し込み、銀色の剣身が反射して細い閃光を走らせた。観客席のない平日の練習場でさえ、リリズの姿はひときわ目を引く。
「リリズーー!!」
外から響く声に視線を向ける。男女何人かの野次馬が手を振っている。
彼の職業は「プロ剣技選手」。試合の日には、数百人規模の観客がアリーナに集まり、テレビ局のカメラも追いかける。伝統的な剣術を競技用に洗練させたもので、技だけでなく舞踊としての芸術性を競う一面もあることが、この競技の面白さだ。
観客は技の美しさと速度、戦略に歓声を上げ、賭けの対象にする者すらいる。
リリズは朝からスポンサーとの撮影に応じ、夕方からは本格的なスパーリングに臨む。カメラの前で笑顔を見せることも仕事の一部であり、華やかに見える舞台裏には、常に観客の視線と市場の期待を意識した生活がある。
正直、辟易する…
外の世界はもっと自由だと思っていた。
だが、ここでもスポンサーに買われるために愛想を振り撒いている自分がいる。
それでも、観客から滲む黄金の色に、限りない自由を感じることも事実だった──。
(皮肉だな…)
リリズは自嘲した。
貴族であることを何より窮屈に感じて生きてきたが、色を見る力は貴族がゆえにある力だ。
貴族じゃない他の生き方をしたい。
そうやってもがくほどに、自分が曖昧になっていく気がした。
※ ※ ※
そして夜、静かな部屋で剣を手入れしながら彼は思う。
――国王の権威もこの刃より軽いものだ、と。
俺の能力は王に仕えるには弱すぎる。
そもそも、王とやらに使役される意味がわからない。
剣技選手として自力して、王制に尻に敷かれる貴族制度にも、親にも縛られずに生きる。リリズはその一心で剣技に人生を捧げていた。
コンコン、
と控えめな音が扉を叩いた。
「誰だ」
短く返す声が、磨かれた木壁に反響する。
「リリズ様……オーウェンです」
一瞬、胸の奥が高鳴る感覚がする。
「……何の用だ」
「お茶をお持ちしました」
耳を疑った。手元の剣を静かに置き、俺はドアの前に歩み寄った。
「なぜ、お前が運ぶ?」
「僕が、どうしてもとお願いしたんです」
断られることを覚悟しているような声音。
俺は短く息を吐き、ドアノブに手をかけた。
「置いたらすぐに出て行け」
「……ええ。わかっています」
軋む音とともに扉が開く。
差し込む月明かりのなか、銀の盆を抱えたオーウェンが立っていた。
淡い金髪が光を受け、わずかに揺れる。
その目はまっすぐこちらを見ていたが、奥には怯えにも似た影があった。
「机の上に置け」
「……はい」
盆が卓上に置かれる。陶器の触れ合う音が、やけに静かに響いた。
オーウェンは一礼し、踵を返しかけて、ふと足を止める。
「……リリズ様、僕がこのまま屋敷に残ること……その…ご迷惑でしょうか」
オーウェンの言葉に俺は椅子の背に手をかけ、堪えていたものを吐き出すように叫んだ。
「食事のときの俺の会話が聞こえていなかったのか? アッシュフォルデ卿、はっきり言うが、俺の意志を無視してずかずか入り込んでくるやつと、どうにかなれるわけがない! 時間の無駄だ! 出て行け――この部屋からも、この家からもだ!!」
リリズの声は部屋にこだまし、空気が弾けたように震えた。
怒鳴った声の余韻がまだ消えぬうちに、オーウェンが息を詰まらせ、胸を押さえる。
その仕草にリリズは我に帰った。
「……お前、まさか……俺の感情が伝わっているのか?」
「……!? ……ええ……」
オーウェンはかすれた声で答える。視線を逸らしながら、それでもその口は微かに笑ったように見えた。
「僕たちの力は、相性がいいみたいです……こんなふうに共鳴するのは、あなただけですから」
リリズは言葉を失う。
胸の奥に、じんわりとした熱が広がっていく。
さっきまでの怒りとは違う――まるで、相手の心の“色“がそのまま流れ込んでくるような、不思議な感覚だった。
"嬉しい" 確かにその感情がある。
だがこれは俺の感情じゃない。
おそらくオーウェンの…
(これが……共鳴、か)
リリズはゆっくりと息を吐き、低い声で問う。
「お前の能力はいったい何だ」
オーウェンは驚いたように瞬きをし、やがて笑みを浮かべた。まるで俺が自分に興味を持ってくれたことが嬉しいといった表情だ。
「僕の力は、“伝達”する力です」
「伝達?」
「ええ。言葉も、文字も使わずに、人から人へ情報を伝えることができます」
その声は穏やかだった。
だが、リリズの眉がかすかに動く。
「どうやって?」
「それは……」
オーウェンの瞳がわずかに揺れた。
口を開きかけて、言葉を飲み込む。
「言えないのか?」
沈黙。
外の風が窓を鳴らす音だけが、静かな部屋に響いた。
オーウェンは何かを言おうとしたようだが、結局ただ苦しげに俯いた。
リリズの胸の中でさっきまでの熱が冷たく変わっていく。
目の前の青年が、何を考えているのかやはりわからない。
「……やっぱり、そういうことか」
「…リリズ様…」
低く落とされた声には、もう感情の色がなかった。
「自分でも説明できない力を持ち込んで、勝手に踏み込んでくる。俺はそういうやつが一番嫌いだ」
オーウェンが顔を上げる。
青ざめた唇が、何かを言おうと震える。
「リリズ様、僕は――」
「出て行け」
その一言で、空気が凍った。
オーウェンの肩がわずかに揺れ、次の瞬間、彼は静かに頭を下げた。
「……わかりました」
足音が遠ざかる。
扉が閉じたあとの部屋には茶の香りと、微かな胸のざわめきだけが残った。
リリズは深く息を吐き、再び剣を手に取る。
けれど、刃に映る自分の表情が思っていたよりも痛ましいことに気づき、そっと目を逸らしたのだった。
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