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第6話 スター選手の敗北

「クソ──ッ!!」 今日の俺はイラついていた。 試合に負けた…。この俺が…!! リリズの連勝に待ったをかけたのは、新進気鋭の剣技選手、ルー・カナリア。名前には似つかわしくない漁師出身の屈強な男だった。だが、彼の「舞」は美しく、最後まで動きが読めなかった。剣が振りかぶられ、受けれると思った瞬間── 思い切り相手の鋭い蹴りが横腹に当たり、俺は無様に床に手をついた。 「がっ…!!はっ……」 そんな俺を嘲笑うように、奴は俺の首元に剣を触れさせた。 ブザーがなり、得点が奴に入った。 まるで罪人のように四つん這いで首を切られるような格好の俺の姿は、別な意味で衆目を集めただろう。 勝ち負けの問題だけじゃない。 スターである俺がいちばん屈辱的な方法で、負かされたのだ。 拳を握りしめる。先ほど壁を殴った際に切れた傷から血が滴る…。 (クソクソクソッ…!!) 剣技において、剣以外の攻撃を用いることは反則ではない。ただ、見た目の美しさも評価基準となるこの競技でそれを行うものは居なかった──。 完全に油断していた。 目に焼きついて離れない、観客から滲む色は灰色、赤、青、全て怒りやネガティブな感情の色だ。 着替えを詰め込んだバッグを持って、駐車場へと向かった。 集まる記者達が俺を囲む。 「リリズさん、今のお気持ちは…」 「敗因は何ですか?」 「次の試合は勝てそうですか?」 「進退については…」 「うるせえっ!!…どけっ!!」 怒鳴りながら自分の車に乗り込んだ。 人を避けて生きてきた俺には、こういうときに味方になってくれる仲間もいなければ、友人もいない。 一緒に鍛錬を積んできた奴らさえ、仲がいいふりはしていても、今日は誰一人俺に声を掛けてはこなかった。 貴族である俺を煙たがっていたことは知っていた。 ──だからこそ、俺はトップであり続けなければならないのに… ※ ※ ※ ケイデから食事の準備ができたと声がかかっても、 リリズはそれを断って自室に籠っていた。 人と顔を合わせたくなかったからだ。 (さすがに…腹減ってきたな…) 夜が更け、ベッドから起き上がり無造作に髪を掻き分ける。一人で籠るほど今日の情景が思い起こされ、相手にも、無様に膝を折った自分にも苛立つ気持ちが抑えられなくなった─。 外に食べに行こうにも、夜中から降り出した雨は勢いを増していることもあって億劫でもだった。 どうしたものかと思いながら窓から庭に視線を落とせば、門の前で見知った金髪が立っているのがわかった。 大きな袋を抱えて佇む姿に、俺は思わず舌打ちをした。 (あいつ、あんなところで何してんだ…?) そう思いながらも、仕方なく傘をさして門にまわってやることにした。 「おい」 目をまん丸にしたその青年は熱帯夜の中いつからそこに立っていたのか。水も滴ると…言いたいところだが、オーウェンの仕草や表情から感じられるのは、“捨て犬“そのものだった。 落ち着いて立っていれば、貴公子然として様になっただろうに。 ──ただ、見てくれも気にせずに門が開くのを待つ様は、同情をひくには十分だった。 こいつを見ていると本当に調子が狂いそうでイラつく。俺の姿を認めてオーウェンの表情が明るくなる。 「リリズ様、ご飯は食べましたか? さっきスーパーに立ち寄ったら野菜が安かったんです」 そんな濡れた犬みたいな格好で、“さっき“なんてさらりと嘘をつく青年に俺は溜息をついた。 「なんで門を叩かない? ケイデが対応したはずだろう?」 オーウェンは首を振る仕草をする。 「僕はこの屋敷を出ると今朝あなたのご両親に申し出ましたので」 「は…?」 思わず声が出る。 確かに、昨夜出て行けと言ったのは自分だが… 俺はイラついてまた聞き返す。 「出て行ったなら何でまた来たんだよ?」 「それは…、あなたに栄養のあるものを食べて欲しくて」 もしかして、オーウェンは今日俺が試合で負けたことを知って、元気づけようとしているのだろうか。 「そんなことのためにずっと待ってたのか? 俺が気が付かなかったらどうするつもりだったんだ?」 「もしだめなら、帰るつもりでした」 そう言うオーウェンにリリズは再び溜息をつく。 重たい門扉を開け、首を軽く傾ける。 「入れ、目障りだ」 「言ってることが矛盾してない?」 「いや矛盾してない」 いくら冷たい口調で言ってもオーウェンは嬉しさを隠さない。 部屋に入るなり早速という感じにキッチンに向かおうとするオーウェンの腕を掴んだ。 「どうしました?」 「まずはシャワーを浴びて来い。酷い恰好だ」 「わかりました、リリズ様」 オーウェンは素直に頷いてくれた。 俺の部屋に、ひと通り生活できる設備があってよかったと思う。 「シャワーから出たらキッチンには立たなくていい」 そう言うと、オーウェンははっとして眉を下げた。 「…お願いです、帰れなんて言わないで」 泣きそうな犬に俺は弱いらしい。 リリズはオーウェンに近づいて鼻を鳴らした。 「誰が帰れと言った、今は食事したくないんだ。言っておくが、替えの服は準備してない、お前は髪を乾かしたらベッドに来い」 オーウェンはそれを聞くと穏やかに微笑んだ。 「…ありがとう」 礼をいうほど俺の側にいたいのかと内心呆れる気持ちもあったが、俺を決して害そうとしないオーウェンと過ごす時間は、名ばかりの仲間と居るより気持ちを楽にさせた。 一度屋敷を去ったなら、もう正式な婚約者とは言えない。 どうしようと俺の勝手だ。半ば強引な理論でオーウェンをベッドに招いた。 「リリズ…様…?」 「──様はやめろ」 「……リリズ…」 優しく艶やかな声に、リリズの中の熱が一層中心に集まる気がした。 だけど、求められるほどリリズの中では不安も大きくなった。 「お前は何が目的なんだ、俺に何を求めてる?」 「別に僕は何も…」 「何も?」 「いえ…しいて言うならあなたは、僕に感情をくれる人です」 「感情?」 貴族、選手、見た目の美しさ、そんなことを想像していたリリズにとってオーウェンの答えは意外だった。 だが、それはオーウェンの“色“がないことにも繋がる気がした。 「ええ、僕はあまり物事には動じないけれど、あなたに共鳴した時だけ、世界は楽しいものだと思えたんです」 オーウェンが俺にこだわるのは、自分の乏しい感情の波が共鳴によって刺激されるからに過ぎない。 そのことに、リリズの気持ちは少し沈んだ。 「感情の色が見えないのは、お前が初めてだ」 「感情の…色?」 「両親に聞かなかったのか?」 「ええ、…リリズは人の感情が見えるんですね」 「お前意外はな」 「それなら、共鳴すれば問題ありません」 そう言ってオーウェンの手が筋に沿うように腰へと回される。 獣のように欲情した男と一夜を過ごすことは、いままでにもあった。だが、オーウェンの所作はどこまでも優しく丁寧だ。 お互い欲に溺れて交われば、嫌なことも忘れられると思っていた俺は拍子抜けした気分だったが。 「隠さなきゃならないものはないでしょう?」そういって楽しそうに俺を暴こうとする様は男というより、好奇心旺盛な子どものようにも見えた。 気がつけば、オーウェンのなだらかな“白“の感情は、俺の心も穏やかに、甘く溶かしていった。

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