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第10話 襲われるリリズ
リリズは外でオーウェンが出てくるのを待っていた。
都会ではそれなりに名前の知れているリリズだが、山間の田舎ではそんな彼の姿を見ても誰一人気に留める者はいない。
リリズはちょうどいい湯冷ましの風を浴びながら考えていた。
ラザロ・ノアール・アッシュフォルデ。
10年以上前だが社交界では一度、見たことがある。その隣にいた女性のことも。
女性の名前も言われたかもしれないが記憶があいまいだ。覚えているのは美しく輝く金髪と、その感情の “色“ だけだ。
どこまでも暗い灰色、時折混じる青…
彼女は絶望し、悲しみ、そして酷く怯えていた。
俺はまだ子どもだったが、彼女から感じた違和感は忘れていなかった。
あの女性が本当にオーウェンの母親だったのかは定かではない。
アッシュフォルデはこれまでに二度結婚しているが、そのいずれも愛情によるものではなく、権力や領地の統治を目的とした政略結婚だった――そう噂されている。
オーウェンの父親が蒸発したこととハルメレイ家が突然没落したことは無関係だろうか…。
考えたところで仕方ない、アッシュフォルデ家には関わらないことがいちばんだ。
オーウェンは…
俺の家、デヴロー家に嫁ぐなら、アッシュフォルデ家とは無関係になれるかもしれない。母親は居るが実際父親とは血の繋がりはないのだから。
──死んでも親の言いなりになんてなりたくない、王制や貴族なんてばからしい。
そう考えていた俺が、オーウェンとデヴローの家を継ぐことを考えるなんて。
今まで散々親の身勝手を責めてきたけれど、自分もやはりあの家の子どもなのだと思う。
リリズはポケットに入ったものを触る。
あの日、オーウェンから盗ってしまったネックレスだった。
オーウェンに返したいが、俺が盗んだと知ってオーウェンはどう思うだろうか。
俺に失望するか、軽蔑されるかもしれない。
──ふと、周りに目を向ける。
雨季は日が落ちるのが早い。気がつけば辺りは薄暗く、街灯の頼りない灯りだけが照らしていた。
湯冷めしてしまいそうだと、車で待とうと歩き出したその時──
背後で、じゃりっというかすかな靴音がした。辺りは山しかなく、すでに暖簾を片付けた銭湯に客は来ない。
「……誰だ?」
思わず問いかけの直後、急に肩を強く掴まれた。
視界が弾け、体が壁に叩きつけられる。
「──がっ…!!──っ!!」
息が詰まり、目の前で黒い布が翻った。
黒装束の何者かは顔を布で覆い、身体を揺らすような動きで距離を詰めてくる。
ただの賊じゃない。
踏み込みの癖。足をやや外に開く、独特の重心の取り方。
(この足さばき……まさか――)
思考がそこまで至った瞬間、額に衝撃。
地面が揺らぐとともに、後頭部にぬるい感触と血の匂いが鼻を刺した。
何だ…!!? なぜこいつが俺を狙っている。
思わず後退りする。
今は何も武器を持っていない。持っていたとしても俺は勝てるだろうか?
試合ではない命のやり取りに、本能で逃げる方法を考えていたリリズだったがその時、駆け寄る気配と声がする。
「リリズ!!」
オーウェンだ。
「来るなっ!!」
飛び出したオーウェンは俺を見て驚愕の表情を浮かべると、迷いなく黒装束へと飛び込んできた。
脚を捌きながら体を沈める動きは、素人とは思えなかった。
鋭く、無駄がない。
リリズはそんなオーウェンの動きに目を見張った。
黒装束の腹部にオーウェンの一撃が入り、呻きとともに後退する。だが、次の瞬間には態勢を立て直していた。
風が鳴り、木々が揺れる音がする。
黒装束が刃のようなものを出して、低く構えた。
「オーウェンやめろ!!」
「リリズ!!逃げて!!」
叫ぶのと同時に、男が思い切りオーウェンに体当たりした。人と人がぶつかったとは思えない大きな音がして、オーウェンは床に叩きつけられる。
「──ぐっ…ゔ……」
「オーウェンっ!!」
心臓が痛いくらいに波打つ。
刺されたのかどうかもわからない。
俺は急いでオーウェンに駆け寄って、その身体を確かめる。
「オーウェン!!おいっ!!」
動かなくなったオーウェンに、冷たいものが背中を流れる感覚がした。
無事を確かめる間もなく黒装束の男の手が俺の胸ぐらを乱暴に掴んで地面に押し付けるように拘束してくる──
「──ぐっ……」
ナイフを持った手は、俺の右腕に押し当ててられる──
さっと血の気が引く気がした。
──やめろっ
──それだけはやめてくれ…
右腕が使えなくなったら剣技ができない。
死よりも怖い恐怖に震える。
「──やめろ…カナリア…」
一瞬、男の動きが止まる。
リリズは遠のきそうな意識のなか滲む“色“を見ていた。
くすんだ黄色…
躊躇、している
次の瞬間、鈍い衝撃が頬から頭蓋に抜けた。
視界が反転し、何かが崩れる音。
「…ゔっ…」
霞む視界の先で月明かりを受け、鈍く光る何かに焦点を合わせていく。
──あれは…
──ネックレスだ
揉み合いの中でポケットから転がり出たのだろう。必死に手を伸ばす。
だが、何故か銀だったはずの鎖は真っ黒に変色し輝きはない。
まるでそれは手にしてはならぬものを握っていた罰のように見えた。
どうして
なぜ、こんな色に…
こんな状態じゃオーウェンに返すことができない
「…リ…リズ…」
遠ざかる意識の中でオーウェンの声を聞いた気がした。
──その声を最後にすべてが暗転した。
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