21 / 32

第20話 【オーウェン視点】母の見舞い

郊外の緑が濃くなる道を、タクシーがゆっくりと進んでいった。街の喧騒が遠ざかるにつれ、風の音と鳥の声がはっきりと聞こえてくる。 丘をひとつ越えると、白い石造りの建物が見えた。――母が暮らしている場所だ。 ここは表向きには教会だが、療養も兼ねた施設になっている。 手入れの行き届いた庭は人の気配がなく、静けさばかりが印象に残った。道を抜けてオーウェンは門へと進む。 受付で名を告げると、案内の修道女が穏やかに微笑んだ。 「お母さま、きっとお喜びになりますよ」 そう言われて、会釈する。 少し申し訳ない気持ちになるのは、最後にここを訪れたのがもう半年も前だからだ。 廊下を抜け、見慣れた扉の前で立ち止まる。 ノックの音が静寂に溶ける。 返事はなかったが、そっと扉を開ける。 「母さん、久しぶり」 「オーウェン、いらっしゃい」 部屋の扉を開けると、窓からやわらかな光が差し込んでいた。 母はベッドから半身を起こし、白いシーツの上で糸を手にしている。 指先で針を進める姿は、どこか昔のままだった。 「何を縫ってるの?」 「ちょっとした気晴らしよ。手を動かしていると落ち着くの」 母はそう言って、針の先を見つめながら微笑んだ。 顔色がよく見える。 「今日は体調がよさそうだね」 「ええ、たぶんね」 母は僕を見たかと思うと窓の外へ目をやったりしている。 話せる日もあれば、ほとんど声を出さない日もあるけれど、最近は以前より穏やかな時間が増えた気がしていた。 ──あとどれくらい、こうして話せるだろう。 この国の王政が衰えつつあるように、母との時間も少しずつ終わりに近づいているのかもしれない。 静かに流れる空気を壊したくなかったが、僕はどうしても聞かなければならないことがあった。 「……母さん、父さんが生きてるって、知ってたんだね」 母の指が一瞬止まり、針先が小さく震えた。 「……会ったのね…黙っていてごめんなさい」 「ううん、わかっる。父さんを守るためだって」 アッシュフォルデが糸を引き、僕たちハルメレイ家は陥れられた。母さんは父をラザロ・アッシュフォルデから遠ざけたかったに違いない。 母も父も責める気はない。もし責めるべきことがあるならば、持って生まれたこの力とそれを利用しようとする貴族や国だろう。 「こんな力、なければよかったのに」 思わずこぼれた僕の言葉に、母は静かに頷いた。 「本当に……そうね。ごめんなさい、オーウェン」 「母さんのせいじゃない」 この力を最初に受け継いだのは母だ。 ハルメレイ家に入ったのは父の方で、 母は血を分ける儀式によって彼に力を与えた。 その代わりに、寿命を削られた。 母とアッシュフォルデの間に子どもはいない。 だから僕が誰かと番わなければ、この血はここで終わる。 それでいいと、僕は思っていた。 母はそんな僕の考えを見透かしたように、静かに尋ねた。 「オーウェン、あなたには大切な人はいないの?」 「大切なって、恋人のこと?」 リリズの顔がまっさきに浮かんだけれど、その名を母の前で出すのは、ためらわれた。 「いるよ。でも……結ばれるかはわからない」 「そうなの…?」 「どちらにしても、血を分ける儀式なんてしない」 母は小さく「そう」と呟いた。 その顔にはどこか安堵の色が浮かんでいた。 けれど次の瞬間、母の目がわずかに細められ、声の調子が変わった。 「……私たちが恨むべきは、アッシュフォルデよ」 その言葉に、思わず息を呑む。 穏やかな母の口から、そんな響きを聞くとは思わなかった。 部屋の空気が少し冷たくなる。 母は糸を引き、また静かに針を進めた。 窓の外では風が木々を揺らし、光がちらちらとゆらめいていた。

ともだちにシェアしよう!