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第40話 シェルフィーヌ・ノアール・アッシュフォルデ
リリズは先ほどから黙ったままの女性を振り返った。
黒の重たい印象のドレスは暗闇に同化するようで、そのなかで彼女の金髪だけが自己主張を強くしている。
だが、彼女は俺達のやりとりにもさして関心がないかのように無表情だ。
「あなたは、オーウェンとどういう関係なんだ?」
「…」
彼女は俺の問いに答えようとはしない。
「俺はリリズ・ヴァン・デヴロー、こいつの彼氏だ」
「…」
翡翠色の瞳だけが、少しだけ俺を窺うように動いた。
「平静を装っていても、あなたの色は不安定だ。いったい何が怖いんだ?」
にこりともしない薄い唇がわずかに開く。
「………色? 」
続けて彼女が何かを言おうとした瞬間、オーウェンがリリズの腕を掴んだ。
「──ッ……!! オーウェン……!?」
「リリズ、来て」
短く言ってから会釈をし、俺の腕を引いて歩き出す。
その手は強く確固たる意思を感じさせるようで、拒めなかった。
廊下の外へ出ると、遠くから音楽がまだ響いている。
怒りと動揺が入り混じった声が自然と口をつく。
「おいっ!!あの人は何なんだ!?」
「あなたが知る必要のないものです」
俺の腕を掴んで早足のままで、オーウェンは吐き捨てるように言う。
リリズは言葉を失いただ見つめるしかなかった。
その言葉は今までにない冷たく突き放すような冷徹さがあって。
彼女に対しても、アッシュフォルデ家に対しても、侮蔑を含んで俺に近づくべきではないと告げているように感じた。
ダラダラとした音楽が尾を引いくように耳に残る。人気のない場所に行くと思いきや、オーウェンは人々が賑やかに談笑する部屋の端っこの椅子の側で立ち止まった。
皆が各々の興味にしか目が向かない。ここにいても誰も俺達を気に留めないかもしれない。
「離せっ!!」
オーウェンの手を乱暴に振り解く。
自分でもわかっているが、こういう時には感情が抑えられない。
オーウェンが冷静なことも、あの女性があまり喋らないことも、すべてが俺の感情を逆撫でしたからだ。
「彼女は誰だ? 仕事ってまさか……アッシュフォルデ家が人の罪を食うというのは本当なのか?」
この地域でまことしやかに語られてきた話。
他人に自分の罪を擦りつける、罪負いの儀式。
さっきの二人の姿はアッシュフォルデ家の黒い噂とも繋がる。
沈黙が流れ、やがてオーウェンが口を開く。
「…リリズ、誤解です。彼女はシェルフィーヌ・ノアール・アッシュフォルデ」
「アッシュフォルデ…?」
「シェルフィは、僕と同じ“伝達の力“ を持っています」
オーウェンの能力は血に情報を書き込み、同じ能力の人間に血に触れてもらうことで、文字も言葉も使わずに情報を伝達することだ。
ようやく、俺は少し冷静になる。
「つまりさっきのは情報を彼女に伝えていたのか?」
「そうです、血に触れさえすればいいのだけど、あんなふうにするのは彼女の趣味です」
「趣味って…。血に触れることが情報をやり取りする方法だとお前は言っていたが、さっきのは罪を引き受けるための“罪負人”の儀式にしか見えなかった」
「その見方は間違いじゃありません」
「じゃあやっぱり噂は本当なのか?」
「いいえ、事実はもっと単純です」
「どういうことだ?」
「“そう見せること“ で僕たちは誰にも邪魔されずに情報をやり取りしてきた、ということです」
「——つまり、この地域の信仰を利用して堂々と能力を使っていたのか」
「そうです」
ハルメレイという家系は恐ろしくしたたかだ。
だがそんなことをオーウェンがしていたことの方が俺にとってはショックだった。
「たとえ誰かが僕たちを見たとしても、穢らわしいものには関わりたくないし、恐ろしくて他の人にも話せない、そういうものでしょう?」
「お前たちは、なんでこんなことをしてる?」
「僕だってこんなことはしたくない」
「ならなぜ言いなりになってる!?」
俺は反射的に怒鳴りつけていた。
オーウェンが俺を見る目が、淡々と話す声が、諦めを含んで虚しく映る。
「……リリズ、もう帰って、ここには来ないで」
「どういう意味だ」
何を言っているのか理解が追いつかない。
帰るってどこにだ。俺たちは同棲したばかりなのに。
オーウェンはあの家に帰って来るつもりはないのか、それとも俺にデヴローの家に戻れと言っているのか。
本当にパニックになりそうになる。
「こんな僕とはもう一緒にいたくないでしょう?」
「勝手に決めるな」
俺の怒りなのかオーウェンの動揺なのかわからない。
ないまぜになった行き場のない感情が俺の脈を早くする。
「お前にとって俺が鬱陶しいのはわかってる。だけど知らないままでいるのも我慢ならない」
オーウェンは俺に向き直ると、観念したように肩を落とす。
「そんな顔をしないでください、ごめんなさい、あなたを不安にさせるつもりはなかったんです」
「だったら、どういうことか話せ」
詰め寄る俺にオーウェンは戸惑うような表情をする。こういう顔も普段オーウェンはあまりしない。
本当はいつも俺の目を汚さないよう気を遣われていることは、わかっていたのかもしれない。
「僕は、あなたと婚約しデヴロー家に入るよう父に言われました。でも逆らった以上、他の方法で自分の価値を証明しなくちゃならない」
つまり、この力を使いたくはないがそうせざるを得ない、と言っているのだろうか。
「価値って…なんでそこまで親に服従する? そもそもラザロは本当の父じゃないだろう?」
それどころか、ラザロは仇も同然なはずなのに。
だがオーウェンは首を横に振る。
「それでも母がいます。正直に言って、今母が路頭に迷うことになったとしても僕には助ける力がない」
「だからって……」
「わかってます、あなたが納得できないのは当然です」
揺れる瞳は動揺を物語る。そんなオーウェンに引きずられるように、リリズもえも知れぬ不安の波に揺さぶられていた。
オーウェンの正直な告白に、何を言えばいいかわからなくなる。
「オーウェン… 」
「僕にも僕がわからなくなることがある。あの人に従うのが違うとわかっていても、すべてを急には変えられない」
胸の奥がチクリと痛む。
やっとリリズにもオーウェンの置かれた状況がみえてきた気がした。
従いたくなくても自分にそれを変えるだけの力がない。貴族に生まれながら力に恵まれなかったリリズにはそれが痛いほど理解できた。
「リリズ、怒っていますか?」
「別に怒ってない」
無愛想にそう答える。
なんだかどうでもいい気分だった。
やっぱり俺は弱った犬には同情してしまう性分らしい。
オーウェンの置かれた状況には同情できるが、俺にも不満や言い分がある。
“知る必要のないもの”
そう言ったときのオーウェンの冷たい視線
シェルフィと呼ばれたあの女性。彼女の感情のない顔が、強い動揺と刺すような警戒色がリリズの心には引っかかっていた。
〜〜あとがき〜〜
ここまで読んでいただきありがとうございます。
書き溜めていたのはここまでです。
続きは順次公開予定です。
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