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第一章 高等部 5話 校舎裏1
四限の終わりが近づいていた。
雨は上がっていたが、教室の空気はまだ重かった。開けた窓から入ってくる風は湿っていて、黒板の端に残ったチョークの粉を少しだけ揺らしている。
教師は黒板の前で、数式を書いていた。
「この条件を代入すると、ここで式が整理できます」
政輝は、窓側の一番後ろで寝ていた。
机に片腕を置き、その上に顔を伏せている。金色の髪が腕にかかり、耳元のピアスだけが光を拾っていた。
隣の男子が小さく笑う。
「また寝てる」
「いつもの」
前の方の席で、涼はノートを開いていた。
黒い髪。
白い横顔。
感情の読みにくい目元は黒板の方へ向いている。姿勢はまっすぐで、手元のノートには整った字が並んでいた。
授業を聞いているように見える。
実際、必要なところは聞いていた。
ただ、内容自体は朝のうちに一度教科書を読んでいた。例題も、応用問題も、教師が今説明している範囲も、ほとんど頭に入っている。
だから、少し暇だった。
暇だと思っていることを表に出すほど、涼は雑ではなかった。
教師が黒板を叩いた。
「久遠」
返事はない。
「久遠政輝」
隣の男子が肘でつつく。
「おい。起きろ」
政輝は薄く目を開けた。
「……何」
「当たってる」
「知らねぇ」
教室に小さく笑いが起きる。
教師は眉を寄せた。
「寝ていたな」
「聞いてました」
「では、今の問題を解いてみろ」
教室が少し静かになった。
政輝は顔を伏せたまま、黒板を見た。
一秒。
二秒。
それから、ひどく面倒そうに口を開く。
「そこ、先に展開しない方が早いです」
教師が止まった。
「何?」
「そのまま因数で見た方がいい。条件が二つあるから、片方消えます」
政輝は眠そうな目のまま、黒板の式を見ている。
「答えは、たぶん三分の二」
教師が黒板へ向き直る。
教室の空気が、少しざわついた。
教師が途中式を書き足す。
少しして、白いチョークが止まった。
「……合っている」
「じゃあ寝ます」
「寝るな」
また笑いが起きる。
教師は呆れたように息を吐いた。
「分かっているなら、起きていなさい」
「努力します」
「努力する気がない声だな」
政輝は返事をしない。
また机に伏せる。
教室がいつもの空気に戻った。
涼は前方の席で、ほんの少しだけ目を伏せた。
困ったような、呆れたような、でも少しだけ面白がっているような顔。
すぐに戻る。
黒板を見る。
ノートを取る。
外向きの涼は、その程度しか崩れない。
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