24 / 40

第一章 高等部 5話 校舎裏1

四限の終わりが近づいていた。 雨は上がっていたが、教室の空気はまだ重かった。開けた窓から入ってくる風は湿っていて、黒板の端に残ったチョークの粉を少しだけ揺らしている。 教師は黒板の前で、数式を書いていた。 「この条件を代入すると、ここで式が整理できます」 政輝は、窓側の一番後ろで寝ていた。 机に片腕を置き、その上に顔を伏せている。金色の髪が腕にかかり、耳元のピアスだけが光を拾っていた。 隣の男子が小さく笑う。 「また寝てる」 「いつもの」 前の方の席で、涼はノートを開いていた。 黒い髪。 白い横顔。 感情の読みにくい目元は黒板の方へ向いている。姿勢はまっすぐで、手元のノートには整った字が並んでいた。 授業を聞いているように見える。 実際、必要なところは聞いていた。 ただ、内容自体は朝のうちに一度教科書を読んでいた。例題も、応用問題も、教師が今説明している範囲も、ほとんど頭に入っている。 だから、少し暇だった。 暇だと思っていることを表に出すほど、涼は雑ではなかった。 教師が黒板を叩いた。 「久遠」 返事はない。 「久遠政輝」 隣の男子が肘でつつく。 「おい。起きろ」 政輝は薄く目を開けた。 「……何」 「当たってる」 「知らねぇ」 教室に小さく笑いが起きる。 教師は眉を寄せた。 「寝ていたな」 「聞いてました」 「では、今の問題を解いてみろ」 教室が少し静かになった。 政輝は顔を伏せたまま、黒板を見た。 一秒。 二秒。 それから、ひどく面倒そうに口を開く。 「そこ、先に展開しない方が早いです」 教師が止まった。 「何?」 「そのまま因数で見た方がいい。条件が二つあるから、片方消えます」 政輝は眠そうな目のまま、黒板の式を見ている。 「答えは、たぶん三分の二」 教師が黒板へ向き直る。 教室の空気が、少しざわついた。 教師が途中式を書き足す。 少しして、白いチョークが止まった。 「……合っている」 「じゃあ寝ます」 「寝るな」 また笑いが起きる。 教師は呆れたように息を吐いた。 「分かっているなら、起きていなさい」 「努力します」 「努力する気がない声だな」 政輝は返事をしない。 また机に伏せる。 教室がいつもの空気に戻った。 涼は前方の席で、ほんの少しだけ目を伏せた。 困ったような、呆れたような、でも少しだけ面白がっているような顔。 すぐに戻る。 黒板を見る。 ノートを取る。 外向きの涼は、その程度しか崩れない。

ともだちにシェアしよう!