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第一章 高等部 6話 文化祭準備5

涼はすぐに資料へ視線を戻した。 「光出くん」 教師に呼ばれる。 「はい」 涼の声は、すぐに外向きへ戻った。 「来賓名簿の件だけど、これで一度確認してもらえるか」 「分かりました」 涼は資料を受け取る。 その手が、また少し重たく見えた。 政輝は少し離れた場所でそれを見る。 男子たちに何か言われているのに、返事が一拍遅れた。 「久遠?」 「何」 「聞いてなかっただろ」 「聞いてねぇ」 「正直」 「うるせぇ」 男子が笑う。 政輝も、ほんの少しだけ口元を動かした。 涼はその笑いを、視界の端で見た。 そして、すぐに資料へ目を戻した。 夕方になる頃には、廊下の段ボールは半分ほど減っていた。 体育館前の導線も、掲示の位置も、来賓席の調整も、だいたい形になっていた。 涼は教師と最後の確認をしていた。 「では、この名簿は明日までに整理します」 「助かる」 「警備の確認は、学校側からお願いします」 「分かった」 涼は頷く。 その顔は、昼過ぎと同じように整っている。 でも政輝には、肩の位置が少し落ちているように見えた。 目元も、ほんの少しだけ遠い。 政輝はすれ違いざまに、小声で短く言う。 「裏」 涼は返事をしない。 けれど、数分後、教師へ柔らかく告げた。 「少し席を外します」 「分かった」 「戻ったら、名簿の続き確認します」 「頼む」 校舎裏には、夕方の風が入っていた。 雨上がりの湿った土の匂いは薄れて、少しだけ冷たい空気に変わっている。 政輝は壁にもたれていた。 涼が来る。 廊下にいた時の柔らかい顔は、もう消えていた。 「何回持つんだ」 涼が言った。 「何を」 「荷物」 「勝手に置かれてた」 「嘘」 「嘘じゃねぇ」 「俺の前にあったものばかりだった」 政輝は少しだけ笑った。 「気のせいだろ」 「雑だな」 「お前が持つより早い」 涼は黙る。 その沈黙が、礼の代わりだった。 政輝はポケットに手を入れたまま、涼を見る。 「疲れてんだろ」 「少し」 珍しく、涼が認めた。 政輝は少しだけ眉を動かす。 「珍し」 「聞いたのお前だろ」 「いつも別にって言う」 「今日は少しだから」 「基準おかしいだろ」 涼は壁へ背を預けた。 外では絶対にしない姿勢だった。 本当に、疲れている。 それでも涼は、疲れたから帰るとは言わない。 「戻る」 涼が言った。 「もう?」 「名簿」 「燃やせ」 「問題が増える」 「じゃあ隠せ」 「同じだろ」 「面倒くせぇな」 「お前がな」 涼は壁から背を離した。 数秒だけ、政輝を見た。 「さっきの荷物」 「何」 「助かった」 政輝は肩をすくめる。 「あぁ」 涼は校舎へ戻る。 廊下に入る少し前、もう一度だけ姿勢を整える。 髪を直す。 制服の皺を払う。 そして、光出涼の顔に戻る。 政輝はそれを見ていた。 生徒会長。 寮長。 元総理の息子。 来賓導線の調整役。 どれも涼についてくる言葉だった。 でも校舎裏で、政輝に「雑だな」と言う涼もいる。 そちらの方が、政輝にはずっと本物に見えた。 涼が廊下へ戻る。 柔らかい声が聞こえた。 政輝は少し遅れて、壁から背を離す。 だるそうに。 近寄りにくく。 手伝う気なんて最初からなかったみたいな顔で。 それでも、次に涼が何か重いものを持とうとしたら、たぶんまた持つのだろうと思った。 その理由を、政輝はもうとっくにわかっていた。

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