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第一章 高等部 7話 嫉妬1
文化祭準備は、日を追うごとに騒がしくなっていった。
廊下には段ボールが増え、教室の後ろには塗りかけの看板が立てかけられている。
放課後になると、どこかの教室から笑い声が漏れ、体育館の方からは椅子を引きずる音が響いた。
涼は、生徒会室の前で資料を確認していた。
来賓名簿。
案内係の配置表。
寮生の点呼表。
体育館ステージの使用時間。
全部、別々の紙に書かれているのに、涼の中では一つの流れとして繋がっている。
誰がどこで詰まりそうか。どの教師が確認を忘れそうか。どの委員が抱え込みすぎているか。
それを、淡々と拾っていく。
「光出くん、これ、掲示の文面なんだけど」
「うん。見せて」
「ちょっと強いかなと思って」
涼は紙を受け取った。
数秒だけ読む。
「“必ず”を一つ減らそうか。責める文面に見える」
「やっぱり?」
「うん。守ってもらうための掲示だから、怒ってるように見えない方がいい」
「分かった」
涼はペンで一箇所だけ印をつけて、紙を返した。
「これなら大丈夫だと思う」
「助かる」
そう言われて、涼は少し笑った。
柔らかく。
穏やかに。
誰にも負担を感じさせない顔で。
その少し離れた廊下で、政輝は男子数人と段ボールを運んでいた。
正確には、運ばされていた。
「久遠、そっち持てって」
「嫌だ」
「もう持ってるだろ」
「事故」
「事故で段ボール持つやついねぇよ」
「今いるだろ」
男子たちが笑う。
政輝は本気で面倒そうな顔をしながら、箱の片側を持っていた。
高身長で、腕も長いせいか、重そうな箱でも持つと妙に安定する。
本人のやる気のなさと、実際の手際の良さが釣り合っていない。
「お前、意外と使えるよな」
「人を使うな」
「褒めてんだよ」
「褒め方下手か」
「意外といいやつだよな」
「黙って運べ」
「はいはい」
そのやり取りを聞いて、涼は資料へ目を落としたまま、ほんの少しだけ瞬きをした。
政輝は、別に人付き合いができないわけではない。
無愛想で、面倒くさがりで、口も悪い。
けれど、それなりに会話が回る。
誰かが重いものを持っていれば文句を言いながら手を貸すし、誰かが段ボールを落としそうになれば、先に足で支える。
そういうところがある。
涼はそれを知っている。
知っている、はずだった。
「久遠、ちょっとー」
廊下の向こうから、女子生徒の声がした。
声をかけてきたのは、同じ学年の中でも少し派手めの女子たちだった。
髪をきれいに結んで、校則の範囲内でリボンを少しだけ崩している。
久遠政輝のピアスや不機嫌そうな顔に、あまり怯まない種類の生徒たちだった。
「これ、上の棚に戻したいんだけど」
一人が、装飾用の布が入った箱を示す。
政輝は見る。
「脚立使え」
「脚立、男子が持ってった」
「じゃあ男子に言え」
「今ここに男子いるじゃん」
「俺を数えるな」
「数えるでしょ、普通に」
周囲の男子が笑った。
「久遠、頼まれてんぞ」
「うるせぇ」
女子は箱を少し持ち上げて見せる。
「落としたら怒られる」
「落とすな」
「だから言ってるんだけど」
政輝は深くため息をついた。
本当に面倒そうに。
けれど結局、箱を受け取った。
「どこ」
「そこの棚」
「最初からそう言え」
「言った」
「聞いてねぇ」
「最低」
女子たちが笑う。
政輝は箱を棚へ押し込む。
背が高いから、脚立なしで届いた。
「久遠くんってさ、見た目怖いけど、普通に面倒見いいよね」
「よくねぇ」
「いいよ」
「気のせい」
「ツッコミもちゃんとしてくれるし」
「してねぇ」
「今してる」
「会話が面倒だから終わらせてんだよ」
「それツッコミじゃん」
男子たちがまた笑う。
ふと、女子の一人が、政輝の耳元に軽く触れる。
「ピアス、痛くなかった?」
「忘れた」
「絶対覚えてるでしょ」
「忘れた」
「もう一個開けないの?」
「うるせぇ」
「似合うのに」
「従兄弟に言え」
「なんで従兄弟?」
「ノリで開けられた」
「え、うける」
政輝は顔をしかめる。
女子たちは楽しそうに笑った。
会話自体は何でもなかった。
政輝は愛想よくしているわけではない。むしろ、いつも通り面倒そうで、返事も短い。
それでも、周囲は笑っている。
政輝も、ほんの少しだけ口元を動かす。
涼は、それを見ていた。
資料を持つ指に、少しだけ力が入る。
久遠にも友人はいる。
それは当然だ。
男子と話す。
女子に話しかけられる。
頼まれれば、文句を言いながらも手を貸す。
自分が口を出すことではない。
見る必要もない。
戻れ。
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