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第一章 高等部 7話 嫉妬2

涼は視線を資料へ落とした。 「光出くん?」 後輩が呼ぶ。 「あ、うん」 返事が少しだけ遅れた。 涼はすぐに顔を上げる。 「ごめん。どこまで話した?」 「案内係の交代時間」 「そうだったね。三十分ごとにしようか。長く立たせると、開会前に崩れる」 声はいつも通りだった。 柔らかく、正確で、何も乱れていない。 けれど、胸の奥に落ちた小さなものは消えなかった。 何でもない。 本当に何でもない。 それでも、嫌だった。 そう思った瞬間、涼は自分の感情を押し込めた。 嫌、という言葉は不適切だ。 理由がない。 政輝に非はない。 女子生徒にもない。 自分が不快になる理由もない。 自分はただ、処理すればいい。 涼は資料を一枚めくった。 文字は読めている。 意味も分かる。 でも、いつもより少しだけ、遠い。 放課後の作業は続いた。 涼は最後まで大きなミスをしなかった。 教師に呼ばれれば答え、後輩に聞かれれば返し、名簿に印をつけ、掲示の文面を直した。 誰も、涼の中に何かが残っているとは思わない。 政輝だけが、一度こちらを見た。 涼は目を合わせなかった。 作業が一段落した頃、廊下の向こうで女子たちがまた政輝に声をかけていた。 「久遠、明日の買い出し来ない?」 「行かねぇ」 「男子少ないんだって」 「他のやつに言え」 「冷たい」 「最初からだろ」 「そこ認めるんだ」 笑い声。 政輝の短い返事。 男子の茶化す声。 涼は資料を閉じた。 「光出くん、これ生徒会室に戻す?」 後輩が聞いた。 「うん。机の上に置いておいて。あとで確認する」 「分かりました」 涼はそれだけ言って、生徒会室とは反対方向へ歩き出した。 屋上ではない。 職員室でもない。 校舎裏へ続く、人気の少ない階段の方へ。 誰かに呼ばれる前に。 何かを言われる前に。 自分が少しでも崩れる前に。 涼は廊下を曲がった。 校舎裏には、夕方の風が入っていた。 文化祭準備の声は遠い。 まだ明るいのに、校舎の影に入ると少しだけ冷える。 雨上がりの土の匂いは薄く、湿ったコンクリートの匂いが残っていた。 涼は壁にもたれて、膝を抱えた。 それからしばらくして、ポケットから煙草を出す。 一人で吸うことは、あまりない。 政輝がいる時に吸うことの方が多い。 分かっている。 それでも、今は何かを口にしていないと落ち着かなかった。 ライターに火をつける。 煙草の先に火が灯る。 一口吸う。 煙が肺に入る。 少しだけ、胸の中が静かになる。 涼は目を伏せた。 何をしているんだろう。 そう思った。 政輝が誰と話そうが、自分には関係ない。 むしろ、ある方がおかしい。 政輝は自分のものではない。 自分が決めることではない。 それ、なのに。 涼は煙を吐いた。 校舎の向こうから、まだ彼らの笑い声が聞こえた気がした。 気のせいかもしれない。 それでも、耳の奥に残る。

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