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黄色い蓮
「西条さん、これお願いします」
打ち合わせが終わったところでスタッフから一枚のメモを渡された。
今日はもう帰れると思っていたので正直見なかったことにしたいと、西条柊 はため息をついた。
メモには<花束 三千円以内>とだけ書かれていた。
「誰に渡すやつですか」
「さあ」
誰に渡すかも分からない花束を買わせる気らしい。
どうせまた急に決まったのだろうと思いながら時計を見る。
撮影終了まであと一時間。
その前に花束を用意しないといけないらしい。
本来ならこれはマネージャーの仕事ではないけれど、人手不足と言われれば断るわけにもいかない。
今日は朝から現場を走り回っていたせいで、足も重いしできることなら今すぐ帰って寝たい。
それでも花束が勝手に用意されることはないので、とりあえず近くの開いている花屋を探そうとスマートフォンを取り出した。
検索に出てきた花屋は現場から車で十分ほどの場所にあった。
閉店まであと十五分。
間に合うか微妙なところだったけれど、他を探している時間もなかった。
店の前に着いた頃には閉店五分前だった。
ギリギリ間に合ったことに安心しながら車を降りるとそのまま店内へと入った。
「すみません」
とりあえず声を掛けると、店の奥にいた店員が顔を上げた。
ミルクティー色の髪を後ろでまとめた綺麗な人。
「いらっしゃいませ」
声を聞いた途端、思わず足が止まる。
女だと思った。
けれど近付いて来たその人はどう見ても男で、勝手に勘違いしたことが少しだけ気まずかった。
「どんな花をお探しですか」
そう聞かれても困る。
花なんて分からないし、頼まれただけだ。
「花束を」
「予算は」
「三千円くらいで」
「どなたに渡すものですか」
そこだった。
いちばん大事なところがわからない。
なにか答えないとと思うのに何も浮かばず、そのまま黙り込んでいると店員は不思議そうにこちらを見ていた。
「わかりません」
「じゃあなんで花束を?」
「仕事で頼まれて」
そう言うと、店員は数秒こちらを見ていたがやがて小さく笑った。
「つかぬ事をお聞きしますけどお仕事は」
「一応芸能マネージャーを」
それを聞いて納得したように頷くと、店員は店の奥へと入っていった。
待っている間になんとなく店内を見回す。
花には詳しくない。
それでも見たことのない花がいくつも並んでいることくらいはわかった。
名前も知らない花ばかりだ。
こんな世界もあるんだなと思いながら眺めていると、奥から戻ってきた店員に声を掛けられた。
「できましたよ」
声のした方を向く。
店員は出来上がった花を抱えながらこちらを歩いてきた。
白を中心にまとめられた花束は、花に詳しくない自分から見ても綺麗だった。
「すご」
思わず声が漏れる。
花束を受け取ろうとすると、店員は「あ」と何かを思い出したように足を止めた。
「あとこれ」
そう言って差し出されたのは、一本の黄色い花だった。
「サービスです」
「あ、ありがとうございます」
よくわからないまま受け取る。
「なんの花ですか」
「黄色い蓮 です、休養って意味です」
一瞬、意味がわからなかった。
けれど次の瞬間には思わず笑ってしまう。
今の自分にいちばん足りていないものだったからだ。
店員の顔を見上げると、柔らかく笑っていた。
さっきまで淡々と花を選んでいた人と同じとは思えなくて、一瞬だけ言葉に詰まる。
「お大事に」
ただ花を渡しただけ。
それだけなのにその言葉だけが妙に頭に残った。
そのままレジへ向かって会計を済ませて帰るつもりだった。
けれど店を出れば、この人と会うことももうないのだろうと思うと何となくそれが引っかかる。
「また来てもいいですか」
自分でもよく分からないままそう聞くと、店員は少し驚いたようにこちらを見たあと「もちろん」と小さく笑った。
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