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「答えろ」  白き庭園の中に建つ、たっぷりとした広さのガゼボ。  華々しくティータイムの用意が調えられているこの場所へと踏み入った第三王子殿下は、有無を言わさず俺の腕を取り、厳しい口調を聞かせる。  俺の傍らには、幼馴染みかつ婚約者のアデラがいた。さらには、つい先ほど第三王子殿下と運命の出会いを果たしたばかりの聖女・ローズの姿もある。  だが彼は、そちらを気に掛ける素振りなどなく、ただどうしようもなく泣き崩れるばかりの俺を捕らえたのだ。  俺の体が床へと(くずお)れかけるのすら許そうとせず、強い力で引っ張り上げながら、王子は問う。――低く深く響く、その唯一無二の声音で。 「おまえは、俺が怖いのか?」 1 (聖女・ローズ?)  リオン・ル・リッシュこと俺が近衛騎士を勤める、デュラフォア王城。この城に平民上がりの聖女が迎えられたのは、一昨日のことだった。  聖女の名前はローズと言う。  彼女は王女宮に住まうことが決まり、昨日付けで、アデラ・ビゼー侯爵令嬢が侍女として付くこととなった。  今日午前のティータイムは、この後すぐ、聖女・ローズがいたく気に入られた白き庭園のガゼボで行われる……。  いつもの近衛騎士詰め所、いつもの朝礼で、「本日の王女宮」の報告を受けていた俺は、まず始めに「ローズ」という名前にふと意識が引かれた。  次いで、個人的な事情から聞き慣れている「アデラ」の名が耳に触れた途端、電撃のように二つの名前が繋がる。 (ここって、『ヒストリア』の世界じゃないか……!?) 『精霊王国(せいれいおうこく)物語(ヒストリア)』。  それは、二十一世紀の日本にて二十年以上の長きに渡って愛されてきた、乙女ゲームのタイトルだ。  晴れて二十五周年を迎えるその年には、同じタイトルのまま、キャストを刷新してテレビアニメが作られた。  重ねて言うが二十五年間もゲームファンに支えられてきたタイトルでありながら、テレビアニメ化を機に、すべてのキャラクターに新しいキャストを当てたのだ。  元よりボイスなしだったヒロイン・ローズはともかくとして、ダブル主演として立つヒーロー役の男性声優に至っては、どうあっても荒れるし、下手な演技を晒せば間違いなく炎上する。  それでも君に任せたい、との熱い思いが込められた、第一話の台本。  原作ゲームのスタッフも名を連ねるアニメプロジェクトの面々からそれを託されたのが、前世の俺、川嶋(かわしま)穂高(ほだか)なのだった。  ヒロインとのダブル主演とはいえ、キャリア初の、テレビアニメでの主役。  ……そうでなくても誠心誠意務めるつもりだったが、大先輩から役を引き継ぐとなっては、本当に半端なことは出来ない。  自分の声優人生をすべてここに懸けると決めて、前世の俺は、任された役に挑んだのだった。  そうやって、何度も、……自宅での練習も含めればそれこそ何百回でも呼んだのが、「聖女・ローズ」の名だ。  しかも、白き庭園のガゼボと言えば――忘れるはずもない、アニメ第一話でのシーン。悪役令嬢アデラの、聖女苛めがスタートする場所だ。 (アデラ)  俺は朝礼が終わるのも待たずに駆け出して、一心にガゼボを目指すこととなった。  なぜそうせずにいられないのかは、次に説明しようじゃないか。  唐突で申し訳ないのだが、想像してみてほしい。  ――侯爵家令嬢に生まれ、幼い頃から周囲の大人たちに傅かれるばかりだった、彼女の姿を。  そのドレスの裾は靴先を覆うほど長く、たっぷりとしたドレープを乱さぬよう、しずしずと歩くことが望ましい。  重たい荷物を自ら持って運ぶなど、もってのほか。それは侍女やメイドの仕事なのですよ。そう言い含められ、学園生活においても、自身の鞄さえ手に持つことはなかった。  彼女――アデラ・ビゼーは、そういった環境で二十歳まで生きてきた、生粋の令嬢だ。  そして、俺、リオン・ル・リッシュの婚約者でもある。  リッシュ家は公爵の地位にあり、ビゼー家との政治的な結び付きを確かなものとするため、同い年の俺たちはほとんど生まれた瞬間に婚約を結んでいる。つまりなんら自分の意志ではないわけだが、それはまあ、いまはいい。  十五歳から五年間の学園生活をつつがなく終え、この春、俺とアデラは揃って王城へと上がった。  俺は騎士の身分を得、要人の警護を主とする近衛隊に配属されている。城内でもいちばんのんびりとした、王女宮の担当だ。  そしてアデラは、自身の花嫁修業も兼ねて、やはり同じ王女宮にて侍女の仕事に就いていた。  そう、侍女である。  これまで侯爵家の使用人たちにすべての世話をしてもらっていたアデラが、現在は王族の子女たちのため、細々とした仕事を請け負う側に立っているのだ。  つま先を覆う長さだったドレスは動きやすい丈となり、靴先を他人の目に晒すようになった。  これまでに持ったことのない重さの物も、自らの手で運ばなければならない。  まして同じ春、前述のとおり、デュラフォア王国の王城は聖女を迎え入れている。  この世界において、『救国の聖女』はもはや神話の域にあるほどの特別な存在だ。『聖女』の伝説譚は子供向けに易しい言葉で綴られたものもあり、六歳で初顔合わせをして以来、頻繁に我が家を訪れていたアデラは、俺が臨場感たっぷりに読み上げる『救国の聖女』のお話が大好きだった。  こぼれんばかりに見開いた瞳をきらきらとさせ、「聖女様って、なんて素晴らしいお方なの。まるで女神様のよう……!」と感嘆しては、お話の終わりには決まって「アデラも、アデラもね、きっと聖女様みたいに気高く生きてゆくの!」と熱い意気込みを話してくれたものだ。  ……そんなアデラからすれば、王女宮に迎えられた聖女・ローズは、夢に見た女神様そのものだと言える。  それほどまでに憧れの人を目の前にして、緊張しない者がいるだろうか。 「アデラ……!」  嫌な予感が、見事に当たってしまった。  王女宮の華やかな庭園に建つ、真っ白なガゼボ。俺がそこへ駆け付けた時、アデラは聖女・ローズの頭上に水差しの水をぶちまけようとするところだった。  あまりの緊張に震える彼女の足が、腕に抱えた水差しの慣れない重さにもつれたのだろうことは、想像に難くない。アデラがそうして聖女の背後で盛大に転ぶことによって、たっぷりと水を湛えた水差しは、ぽーんと景気良く宙を舞っている。  もはや取り返しのつかない己の過失に、へたり込んだ床の上でただただ呆然とするばかりのアデラの顔は、真っ青だ。  ああ、可哀想に。膝をぶつけたり擦ったりしていないだろうか。  俺の胸中には、ほとんど妹を相手にするような憐憫が湧く。だがこの瞬間だけは、アデラのことばかり気に掛けているわけにはいかない。  俺は俺を守護する風の精霊を呼び、ガゼボまでの距離をほとんど瞬間的に移動する。 「!」  風纏うこの身が滑り込んだことにより、ティータイムの用意が調えられつつあったテーブル周りには、ゆるい突風が渦を巻いた。豪奢な刺繍のあしらわれたテーブルクロスや女性陣の長い髪、ドレスを彩る何段ものレースなどがひらりと大きく舞う。  そんな中、俺は間一髪、宙空に大きく弧を描いた水差しの柄をしっかりとこの手に捉えることが出来ていた。繊細なガラス細工のそれは、どうやら割れずに済んだようだ。  ……まあ、中身の水はぜんぶ、俺の頭上からたっぷたっぷと豪快に降り注いでくれたわけだが。

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