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回想
***
降谷 喜一(ふるや きいち)は冴えない平凡な男子高校一年生だ。地味で無難な高校生活を送る日々。けれどそれが彼にとってささやかな幸せだった。
ある日曜の昼下がり、いつもより早く愛犬のムギを散歩に連れ出したときのこと。
前日に積もった雪で町の景色は一変し、辺り一面が雪化粧していた。
(正月もあっという間だったな……もう少ししたら次はバレンタインか)
自分には関係ないな、と一人自嘲する。
喜一にはチョコを渡してくれるような友人や恋人はいない。
もし食べたくなったら親に貰った小遣いを貯めて自分で買うくらいである。
喜一は今までずっと当たり障りのない生き方をしてきた。
出来るだけ平穏に、波風立てることなく、目立つことなく、無難に。
そうして身に染みついた処世術は皮肉にも裏目に出てしまった。
いつの間にか周りの同級生達は何もかも先に進んでおり、差がつき一人取り残されてしまっていたのだ。
事勿れ主義を極めたが故に、気付いたら一人では何も決断出来ない状態に陥っていた。
改めて振り返ってみても何も面白味のないままここまで来てしまったと自分でも思う。
けれどそんな自分の立場にどこか安堵してしまっているのだから仕方ない。
自分で面白くする工夫や努力をせず、楽な方に流され続けた結果がこれなのだから。
──このまま一生ずっと変わらないままなのか。
胸の中に一抹の不安が過る。
そうしてぼんやり考え事をしながらいつもの散歩コースである森に差し掛かった時、視界の端に何かキラリと光るものを捉えた。
「?」
よく見ると森の中の少し拓けた場所に、何かが地面に落ちている。
雪の反射でない、遠目で見えるそれは日の光を受けてキラキラと輝いていた。近付いてみると──
「す、ず……?」
それは見たことのない装飾の──大きな鈴だった。
少しくすんで汚れた銀色に植物のような文様が切り絵のごとく切り抜かれているデザインで、付いてる青い紐は細かく編み込まれていた。
(きれい……)
思わず屈んで手に取って鳴らしてみる。
凛として、けれど落ち着いた音色が辺りに響いた。
その音の余韻に浸っていた直後、異変は起こった。
「─、──?」
周りから突然、音が掻き消える。
風の吹く音も、雪を踏み締める足音も、横で急に吠え始めたムギの鳴き声も、自分で発したはずの声さえも聞こえない。
代わりに頭の中にあの鈴の音がりん、と鳴り響いた。
それとともに脳裏に映像がよぎる。
***
長い黒髪の少女が一人で庭で遊んでいる。
変わった柄の、着物に似た服を着ていた。柄は白地に円の中が青か赤、その中に辺が内側に凹んだ白い三角形が描かれている。
ふと、少女が何かの気配を感じたのか後ろを振り返る。
するといつの間に現れたのか少女から少し離れた場所に黒い服を着た男性が佇んでいる。
顔は、陰になっていて見えない。
少女が首を傾げながら男性に話しかける。
『お兄ちゃん、だあれ?』
男性は何も答えない。
それでも少女は構わず無邪気に話しかけ続ける。
『どうしたの?おうちはどこ?迷子なの?』
やはり男性は答えない。
しかし少女は一人納得したようにそっかぁ、と呟いた。
『__もね、お父さんがいないんだ』
そう言う少女の顔に悲愴さは微塵も感じられない。
そして名案が思いついた、とばかりに少女がぱっと顔を輝かせる。
『そうだ!うちで一緒に遊ぼうよ!そしたらお母さんに──』
その時、遠くから女性が誰かを呼びながらこちらに歩いてくるのが見えた。
『お母さん!あのね、そこのお兄ちゃんとお話ししてたのっ』
そう言いながら少女が指差した方向には誰もいなかった。
また鈴の音が響き渡り、場面が変わる。
今度は見たことない青い民族衣装のようなものを着た男性が、別の似たような服を来た人達と何事かを言い争っている。彼等の顔は見えない。
けれど彼等の発するその言葉は──何故か鈴の音しかしなかった。
それぞれ違う鈴の音で、彼等が互いにまくし立て合う度にやかましくなっていく。
りんりん。
しゃんしゃん。
からんからん。
きゃははは
そこにあの少女の笑い声が加わる。
段々音がぶつかり合い不快で頭が痛くなってくる。
そうして喜一の意識はいつの間にか遠のいていった──。
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