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第1話 どうやら死に戻ったらしい
「どうして、シャルル!」
愛らしい顔を涙に濡らして見つめる眼はなんと、純粋なものだろうか。彼の瞳に映る自分の姿を見てシャルルは苦く笑う。なんと、無様だろうかと。
冷たい瞳は無気力で、全ての終わりを受け止めてしまっていた。月明りに照らされて煌めくオレンジの少し長いけれど綺麗に切り揃えられた髪が頬を撫でる。黒に統一された衣服にフードのついた外套が風に靡く様は哀れだ。
目の前の愛らしくも、小動物的な少年はそんな自分を悲しげに見つめていた。肩で切り揃えられた白髪が少し乱れているのも気に留めずに。
「シャルル、お前はどうしてユリウスを暗殺しようとした!」
愛らしい少年の隣には一人の青年が立っていた。シャルルとさして年齢は変わらないだろう彼は敵意を見せている。それもそうだ、シャルルは愛らしい少年、ユリウスを殺そうとしたのだから。
「この国の王子、リヴァスの名において命ずる。何故、暗殺しようとしたのか言え!」
青年の一人がそう怒鳴る。端整な顔を歪めて、睨みつけながら。一つに結われた金糸の長い髪が良く似合う彼にシャルルは笑って返すだけで答えない。
(どうして、お前のせいだろうが)
どうして、ユリウスを暗殺しようとしたのか。それはリヴァス王子が彼の事になると横暴になり、暴走し始めたからだ。
王子の未来を危惧した国王からの指示だというのに、何も知らないのだなとシャルルは可笑しくなる。無自覚で、無知というのは哀れだなと。
「言え、シャルル!」
「申し訳ないけれど、あんたの命令では話せないよ」
シャルルは軽くそう返してから手に持っていた短刀を自身の首に当てた。それが何を意味するのか、二人が気づかないわけがない。
「シャルル!」
「じゃあね、ユリウス。君の未来に幸があらんことを」
にこりと笑んでシャルルは短刀で首を切り裂いた。ぶしゅっと血が吹き出て――倒れる。視界が悪くなる中、泣きながら駆け寄ってくるユリウスが見えた。殺されそうになったというのにまだ〝友達〟だと想ってくれているらしい。
意識が薄れていく。どうして、自分はこんな〝成功しない〟だろう暗殺任務を引き受けることになったのか。指示を出した父の顔を思い出して、嫌な気分になる。
これもまた、任務成功のうちに入るのだ。リヴァス王子に自覚を持たせるための。
(こんなくそみたいな結末、最悪だ)
神様なんて、人間の運命を眺めて楽しんでいるだけだろう。あぁ、最悪だ。そんな見世物にされて。
(見世物になってやったんだから、少しは見物料ぐらい払ってくれ)
シャルルは心の中で吐き捨てて、意識を手放した。
***
シャルル・クオンタールは公爵令息だ、表向きは。本来の役割は国お抱えの暗殺者一族である。国王からの命により、どんな存在であろうと暗殺する慈悲などない一族の次男だ。
そんなシャルルは友人であるハルモエール男爵家の令息、ユリウス暗殺の任を受ける。罪状はリヴァス王子を誘惑したこと。正確にはユリウスに溺れて横暴な行動を取り出したリヴァス王子の未来を危惧した国王が、クオンタール公爵家に暗殺命令を出したのだ。
この暗殺任務は成功する可能性が限りなく低かった。理由はリヴァス王子の守りがユリウスにも向いているからだ。失敗すれば、掟に従い暗殺者は秘密を守るために自害しなければならない。
そんな任務をシャルルは父であるアームレットの指示で行い、失敗する。自分は次男で使い捨てられても問題ないと実の親に判断されたのだ。そうして、シャルルは秘密を守るために自害した。
そういう〝認識〟だったのだ、シャルルは。
「待って、嘘だろ」
姿見の前で立ち尽くしてかれこれ数十分は経つだろうか。きらりと月明りに煌めく少し長めに切り揃えられたオレンジの髪に見覚えがあった。
整った顔立ちとは対照的な冷たい瞳を大きく見開かせながら、頬を思いっきりつねる。鈍い痛みに夢ではないのだと実感して――あのくそみたいな結末を迎えた|シャルル《自分》で間違いがないのだと実感した。
「俺は死んだ、はずだろ」
そう、自害したのだ。首筋を確認してみるも傷一つない。そもそも、切り裂いた痕すらないのだ。これはどういうことだろうか。
周囲を見渡してみれば、自分の部屋だった。洒落っ気のないシンプルな内装のこの部屋は間違いがない。
窓から月が見えるということは夜ということだろう。いつだ、今は。訳が分からないと困惑するシャルルの頭に声が響く。
『見物料は払ったわよ』
可憐な女性の声だった。えっとシャルルが部屋の中を見て回るも誰もいない。誰だと問いかけても、もう声はしなかった。
「見物料って……あの時、俺が言ったことか……?」
死ぬ間際、見世物のように見ているだろう神に吐き捨てた言葉が、『見物料を払え』だった。もしかして、これは神のせいで、いやおかげで生き返ったのかと。
でも、これは生き返ったのだろうか。シャルルは現状がどうなっているのかまだ理解できなかった。
生き返ったのならば、自分の部屋にいるのはおかしいのではないだろうか。死んだのから遺体は葬られているはずだからだ。じゃあ、死に戻ったのか。
「死に戻ったなら、納得できるかもしれない」
一度、死んで、時間が戻ったのならば、この状況も一応は納得ができる。神様ならばそんなことをするのは余裕だろう。
では、いつの日に死に戻ったかだ。何か、日にちが分かるものはと部屋を再び見渡して、あっと気付く。
書物机の上に手紙が置かれていた。日付を見ればそれは父から任務を任せられる前日に届いた手紙だ。
「と、いうことは今日は任務を任せられる前日の夜か」
確か、暗殺の命令は任務を任せる前日の夜に言い渡される。父アームレットの書斎で命令を伝える伝達者との会話が聞けるはずだ。
今は何時だと時計を見遣れば時刻は零時を回っている。シャルルは確かめるために父の書斎へと向かった。
*
しんと静まる夜の屋敷をシャルルは息を潜めて歩く。足音を立てず、忍ぶように。長い廊下の奥、そっと父の書斎の扉の前で耳を済ませれば声が聞こえる。
「ユリウス・ハルモエールを暗殺せよ、と王が?」
「はい。ただし、王子が落ち着きを取り戻した場合はそうせずともよいと」
王子が暴走するようであれば亡き者にしろと、男が話す。それに父であるアームレットが鼻で笑いながら答えた。
「さっさと始末しよう」
父の残酷なまでの言葉にシャルルは自分が暗殺任務を任せられる前日の夜まで死に戻ったことを確信した。そっと扉から離れて自室に戻る中、深い溜息を吐く。
どうして、この日を神様は選んだのだろうか。もう少し前ならばリヴァス王子を更生させるように動けたかもしれないというのに。それでは面白くないということなのか、それとも何か他に回避方法があるのか。
(あのくそみたいな結末を回避できる方法なんてあるのか?)
流石に見物料なのだからそれぐらいの方法があってほしいものだ。せっかく死に戻ったのだから、どうにか運命を回避したい。
「うっく……うぅ……」
シャルルが頭を悩ませながら廊下を歩いているとすすり泣く声が耳に入った。何処からだろうかと耳を澄ませれば、妹の部屋から聞こえてきて立ち止まる。
(リリアーヌが泣いている? どうしたんだ……)
可愛がっていた妹が泣いている。気になってシャルルは部屋をノックしながら扉を開けた。
「リリアーヌ、どうした?」
「シャルルお兄様……」
ベッドの上でぼろぼろと涙を流している妹のリリアーヌは頬を拭う。艶のある鮮やかなオレンジの髪が涙で濡れた頬にくっついていた。
「どうして泣いてるんだ?」
「うぅ、あのね、お兄様」
リリアーヌはぐすぐすと鼻を鳴らしながら話した。
リリアーヌには幼馴染の少年がいる。伯爵令息である彼は地位など気にすることもなく妹に優しく接してくれていた。そんな彼が豊穣龍の贄に選ばれてしまったのだという。
|豊穣《ほうじょう》龍。この世界の地上に住まう神格を得た存在の一柱で、豊穣を司る龍だ。
普段は人型で本来は漆黒の鱗を持つが、滅多にその姿にはならない。このヴィリニュスア国の傍にあるヴィシャリアの森に住んでいる。
彼の神龍が持つ豊穣の力を借りたくて、ヴィリニュスア国はそれに見合った供物を対価として捧げていた。人間を贄に贈る時は不作の年が多い。と、いう浅い知識しかシャルルは持っていない。
国の方針などに詳しくないが、去年に続き今年も不作気味であることから贄を贈ることにしたようだ。その贄にリリアーヌの幼馴染は選ばれてしまったという。
爵位を持つ人間から選んだのは良い血筋であることを示すためだ。豊穣龍は純血を望むとされている。高貴な血ほど良いとされているので爵位を持つ一族から贄は選ばれるのだ。
贄はどうなるのか、噂では血を吸われて死に至ると聞いたことがあった。
(神格を得た存在とはいえ、豊穣龍はまだ話が通じる分類だって聞いたことあるけど……)
そこまで豊穣龍のことを知らないシャルルは、一先ずリリアーヌの話を聞くことにする。彼女は幼馴染の少年のことが好きなようで、「離れたくない」と泣く。ずっと一緒にいるって約束だったと。
そんなことを聞くと、どうにかしてあげたいけれどとシャルルは妹可愛さに思ってしまう。
(でもなぁ、どうにかって……うん?)
自分には何もと考えてふと気づく。これを利用すればいいのではないだろうかと。どうせ自分はこのままでは、くそみたいな結末を迎えて死ぬのだ。豊穣龍の贄になることができれば、少なくともあの結末は避けられる。
死ぬかどうかは豊穣龍の行動次第ではあるけれど、それでもあれよりはいいとも思えるのだ。
「お兄ちゃんがなんとかしてあげるよ」
「ほんと? 大丈夫?」
「あぁ。大丈夫」
よしよしと頭を撫でてやれば、リリアーヌは涙に濡れた頬を綻ばせた。あぁ、可愛いなとまた撫でてやる。シャルルは死に戻ったチャンスを無駄にしないためにも豊穣龍の贄になる策を思案した。
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